FC2ブログ

リラックスタイム

最初はゲーム中心のブログでしたが、最近は日常の出来事を不定期に更新しています。

北海道・東京・大阪観光

皆様、ご無沙汰しております。

いつもはプチ観光でしたが、今回はガッツリ観光してきました!

<北海道編>

●函館編
函館駅

・函館山

函館山は標高334メートル。函館市街地の南西、半島の端に位置しています。山頂からは函館湾や函館市街地のみならず、晴れた日には津軽海峡をはさんで津軽半島までを望めます。
この眺望は、フランス発行の権威あるガイドブック「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」でも、「わざわざ行く価値のある」と認められた、最高評価の3つ星を獲得しています。

函館山

・夜景

函館山の夜景は、小樽天狗山、札幌藻岩山と並び、北海道三大夜景にも数えられています。
また、香港、ナポリと並んで世界三大夜景の一つと言われることもあります。

函館夜景
客は9割中国の方でした^^;

・朝市

2011年3月11日の東日本大震災では津波被害により大半の店舗が被災したが、市民ボランティア等の支援にも助けられ4月1日には営業を再開しています。

朝市2

・きくよ食堂
昭和31年創業の老舗
開店当初は、函館朝市の仕入れ業者がよく出入りするカウンター10席ほどの食堂として始まりました。
素材へのこだわりと手頃な値段が皆様から高い評価を受けており、大勢の方々が来店しています。本店は市場内仲通りに面し、平成19年7月に全面リニューアル(1階30席)しています。
平日は空いていましたw

朝市1

美味かった~~~
海鮮1

・一花亭 たびじ
店内の生け簀に泳ぐ、函館近海で獲れたイカを目の前で調理。
透き通った身の甘みとコリコリとした食感は、活イカならでは。
丼の上でイカが動く、活イカ踊り丼はインパクトあります。
海鮮3

このイカに醤油をつけると暴れますw
海鮮2

晩飯も海鮮でした^^これも美味かった~~~
海鮮4

あわび、ええ値段してた~w
海鮮5

海鮮6

昼飯は塩ラーメンでした^^
こちらも有名どころです。
創業70年以上の老舗「麺厨房あじさい」。看板メニューの「塩ラーメン」は「あっさりとしながらもコクがある」と定評。創業より受け継がれた昆布ベースで豚骨と鶏ガラのダシを合わせたスープは驚くほどに透明で、特注ストレート麺との相性も抜群です。
普通に美味しかったです~^^;
ラーメン3

ラーメン4

「ずんどう」は、昔長良の函館塩ラーメンの味を再現し、年代別(70年代・80年代・90年代)の味が楽しめます。
あっさりしています。
ラーメン1

食べてばっかだとお腹出るので、運動兼ねて散策しました。(2時間程度)
坂本龍馬記念館(道挟んだ対面にあり)
s1

・カトリック元町教会
安政6年フランス人宣教師が仮聖堂を建てたのが前身。
荘厳なゴシック建築のローマカトリック教会で、現在の建物は大正13年に建築されたものです。
s2

・チャチャ登り
「チャチャ」とは「おじいさん」の意。あまりにも急な坂で誰もが腰を曲げて登ることから名付けられたそうです。
登り切って振り返ると函館らしい絶景を拝むことができます。
s3

・聖ヨハネ教会
1874年創建の英国聖公会の教会。
現在の建物は1979年築、茶色の十字形をした屋根が印象的。
s4

・函館ハリストス正教会
日本、最古のギリシャ正教会聖堂、大正5年に再建。
s5

・旧函館区公会堂
明治43年に建てられた、洋風建築の代表的建物で、国の重要文化財。
内部はルネッサンス様式の華やかさがあり、明治のモダンさが漂う。
s6

・旧イギリス領事館
1907年(明治40)の大火後の1913年(大正2)に再建され、1934年(昭和9)まで領事館として使用されていました。
レンガ造2階建、外装は塗壁仕上げが施され、全体に装飾は少なく、シンプルな意匠の建物となっています。
s7

・四天王像
元町公園の一角に函館四天王の銅像が建っています。
向かって左から順に、今井市右衛門、平田文右衛門、渡邉熊四郎、平塚時蔵です。
この四天王は函館戦争の終結後、新しい函館の街を開拓した英雄たちです。
まず、平田文右衛門が、造船所や病院、学校など四天王が功績を残した事業の多くを主唱しました。
その主唱に従って、今井市右衛門は西洋雑貨の店舗を開き、北海道最初の新聞社「北溟社」を創立しました。
さらに、福祉事業の育児会社や鶴岡学校を創立するため多くの資財を投じました。
渡邉熊四郎は貿易に貢献し、金森洋物店を開き、世界各国の商品を普及させ、また、巨額の資財を投じて函館病院を再建しました。
平塚時蔵は四天王の一人として公共事業に尽くし、資財を投じては慈善事業に貢献しました。
s21

・ペリー提督
黒船来航150周年となる2004(平成16)年に先駆け、地元団体の手によって、2002(平成14)年5月17日のペリー来航記念日に合わせて建立されました。
開港後に設けられたアメリカ領事館に近い由緒ある場所としてこの地が選ばれ、ペリー像は函館港を見渡すかのように悠然とそびえています。
s8

・北海道第一歩の地碑
明治以降北海道の玄関口となった函館の上陸地が東浜桟橋(旧桟橋)。ここに開道100年を記念して1968(昭和43)年建立された記念碑。
ヒグマと船のいかりがモチーフ。
s9

・北島三郎記念館
s10

・ブルームーン
最大200人収容可能な2階建ての遊覧船で、優雅にクルーズ気分を味わえます。
昼間は函館港を一周するコース、夜のナイトクルーズは少し足を伸ばして津軽海峡近くまで。
海から眺める函館のウオーターフロントや洋館の建つ街並みは、さらにロマンチック。運が良ければイルカの姿を見ることも。
s11

・赤レンガ倉庫
明治末期に商港函館の最初の営業倉庫として建造されました。
建物内部の太い梁や頑丈な床板に北洋漁業全盛期の往事を偲ぶことができます。
現在ではビヤホールやレストラン、ショッピングモールとして再利用されている、クラシカルなレンガ造りの倉庫群。
函館のウォーターフロントのシンボルで、目の前には函館港が広がる開放的な場所。水際はちょっとした散策コース。
s16

s12

・五稜郭
星型城郭で国の特別史跡に指定されています。
戊辰戦争最後の戦いである箱館戦争の舞台となりました。
春は桜の名所、冬は堀がライトアップされます。
2010年箱館奉行所も復元オープン。
s13s

・土方歳三
新撰組の鬼の副長として恐れられ、旧幕府軍の榎本武揚らとともに1868(明治元)年、蝦夷地・箱館にやってきた土方歳三。
陸軍奉行並の要職に就いて活躍したものの、翌年の旧暦5月11日(現在の暦で6月20日)、新政府軍による箱館総攻撃の日に戦死しました。
その男気から、今もたくさんの人に愛されつづけている土方歳三。
そして、近代日本の夜明けに尊い血が流された、明治新政府軍と旧幕府軍、最後の戦いの地・函館。市内にはゆかりの地、供養碑、資料館などが数多くあります。
s14

・五稜郭タワー
五稜郭タワーは、五稜郭築城100年を記念して昭和39年(1964年)年12月に初代タワー(高さ60m)が
建造されました。
旧タワーは市民や観光客 の皆様の目を通して、41年間に渡り親しまれてきましたが、
新タワー完成によりその使命を新タワーに託し、平成18年(2006年)年6月に解体されました。
平成18年(2006年)4月1日にオープンした新タワー(2代目)は高さ107m(避雷針髙)。
展望台から見はるかす函館山や津軽海峡、横津連峰の山並み、そして特別史跡五稜郭の大地に輝く星形の眺望がご覧いただけます。
展望台には、五稜郭の歴史が学べる展示スペース「五稜郭歴史回廊」や強化ガラスの床で下が見える「シースルーフロア」、「売店」、「カフェスタンド」などがあります。
新タワーでは建物自体が五稜郭に対するこだわりを表現しています。
展望台は五角形、塔体の断面も星形を採用、徹底して五稜郭と星形をモチーフにしています。
s15


●札幌編
s20

・時計台
正時に鳴る鐘の音が街に時を告げ、札幌の発展を見守り続ける歴史的建造物。
北海道大学の前身である札幌農学校の演武場として、初代教頭のクラーク博士の構想に基づき1878(明治11)年に建設。農学校の生徒の兵式訓練や、心身を鍛える体育の授業を行う場、および入学式・卒業式等を行う中央講堂として使われていた建物だ。開拓期のアメリカ中・西部で流行した風船構造と呼ばれる木造建築様式が特徴。
赤い屋根と白い壁が印象的な建物だが、市立図書館として使われていた一時期には壁の色が緑だったという意外な記録が残る。1階展示室では色の移り変わりや大火に遭った際のエピソードなど、時計台にまつわる歴史を展示。
2階では再現された演武場の歴史的な雰囲気を体感しながら、実際に時計台で使われているものと同じハワード社の時計機械を見学できます。
s18

s23

・道庁
かつて北海道庁の本庁舎として建築された煉瓦造りの西洋館(国の重要文化財)である。「旧道庁」や「道庁赤レンガ庁舎」、「赤レンガ」などと呼ばれ、親しまれています。
館内は北海道開拓関係資料を展示・保存する北海道立文書館等として一般に公開されているが、一部は隣接する現道庁の会議室として現在でも使用されています。
北海道(道庁)にとっての象徴的存在であり、広報番組などのタイトルにしばしば「赤レンガ」が用いられています。
道庁前のイチョウの並木は大正14年、勅任技師名井九介の指導により植えられたものです。
s19

・テレビ塔
地上90.38mの展望台へは3階よりエレベーターで約60秒。
眼下には、四季折々の花が咲く大通公園と遠くの日本海や、雄大な石狩平野などを背景に、札幌市全域が広がります。
また、ホワイトイルミネーションやさっぽろ雪まつり、YOSAKOIソーラン祭りなどのイベントも一望できます。
s17

・JRタワーから見た夜景
札幌駅と直結したタワーであり、ホテル・オフィス・飲食店などが一体化した複合型タワーです。タワーの最上階は、「T38(タワー・スリー・エイト)」と呼ばれる展望室になっています。
地上160mからは、札幌市全域を眺められ、一面オレンジ色に輝く夜景を楽しめます。
また、展望室の雰囲気も特筆できるものがあります。
室内は高級感溢れるダークブラウンで統一され、間接照明が上手に活用されています。
もちろん窓ガラスに室内光が反射され夜景が見にくいということもありません。
さらに、男性用トイレと、男女共用の洋式トイレからも夜景が眺められます。
トイレも清潔感溢れ、夜景展望室としては、日本最高峰の環境ではないでしょうか。
s22

・すすきの
北海道札幌市中央区にある歓楽街・繁華街です。
薄野、ススキノとも表記される。歌舞伎町(東京都新宿区)、中洲(福岡県福岡市)と合わせて日本三大歓楽街と呼ばれる事もあり、東京より北では最大の歓楽街であるが、飲食店・風俗店から大型商業施設・外資系ホテルまで、あらゆるジャンルが混在する巨大繁華街でもあります。
現在では、日本国内はもとより外国人の姿も多く、特にさっぽろ雪まつり開催時には国外からの観光客も訪れ、更にも増して国際色豊かになっています。
s24

・ジンギスカン
ジンギスカン料理は、明治以降、羊の導入と共に当時の国内政策や情勢と深く関わって誕生し、第二次世界大戦前後からの背景から特に北海道に根付き広まった羊肉料理で、ジンギスカンの名で呼ばれるようになってからあまり時間の経っていない比較的新しい料理です。
一番有力なジンギスカンの名前の由来は、札幌農学校出身で、満州国建国に深くかかわった駒井徳三氏が命名したというものです。

ここは観光客でいっぱいです。食べている後ろに並んでいるのでうっとしいですw
s25

ここは北海道産の肉を使用しており地元の人もお勧めでした。
s26

普通に美味いですw
s27

・スープカレー
札幌名物のラーメンに迫る勢いで、ファンを増やしている「スープカレー」。
昼時には地下鉄や車で駆けつけ、行列ができるお店もあるほどの人気。
週末には食べ歩き客でどのお店もかなり賑わっています。
そもそも、札幌に初めてスープカレーが登場したのは約45年前のこと。
その後、少しずつ専門店が増え始め、今では日本各地に専門店ができ、知名度は全国区に。
スープカレーとは、簡単に言えばサラサラとしたスープタイプのカレーのこと。
コレといった定義はないようですが、スープの旨味とコク、スパイスの香りと辛さを楽しむカレーと言えます。
見た目もルーカレーとは大きく違い、カレー皿とご飯皿は別々、必ずスプーンとフォークがセットされます。
具はゴロゴロとした大きさが基本。
定番のチキンカレーにはレッグが丸ごと1本、野菜はジャガイモ、ニンジン、ピーマンなどがゴロゴロ入っているんです。
どの具もスプーンで簡単にほぐれるほど柔らかく煮込んであるのも特徴。
カレーはご飯にかけず、スプーンにのせたご飯をスープカレーにくぐらせ食べるのが一般的です。
スープカレーを最初に始めたアジャンタ薬膳カレー店は、養生食をベースにインドのスパイスなどをミックス。
続くスリランカ狂我国はスリランカ風、30種類以上の香辛料をブレンドするマジックスパイスはインドネシアがルーツと、各店で味わい&見た目はいろいろです。
その後、和風のあっさり系を出すお店も出てきました。
気になる辛さは全般的に辛め。数段階から選べるお店が多く、なかには100番、300番まで辛さを選べるところも! スープカレーは、辛さと奥深い味わいがヤミツキになっちゃうんですよね。
気になる価格は1000円台が多く、普通のカレーと比べると高め。
でもその分、具だくさんなので食べ応えありです。
ところで、札幌とカレーの関わりは深く、その歴史は「少年よ大志を抱け」で有名なクラーク博士まで遡ります。博士がバランスの取れた食事として推奨したのが「ライスカレー」。
北海道大学の前身・札幌農学校の寮則に「生徒ハ米飯ヲ食スべカラズ。
但シライスカレーハ是二非ズ」と記したのだとか。その流れをくんでか、北大にはカレー部もあるそうです。
考えてみたらスパイス以外、スープカレーの食材は北海道産でまかなえるものばかり。
カレーも立派な北海道料理というワケですね。

これは美味かったです~^^
s28

・大倉山ジャンプ場
昭和7年に、60m級ジャンプ台「大倉シャンツェ」として開場しました。
幾度かの改修を経て、昭和45年11月に、札幌冬季オリンピックに向けて大改修を行い、国に移管されて、国立競技場「大倉山ジャンプ競技場」と名称が変わりました。平成7年には再び札幌市に移管されました。
毎年、FIS(国際スキー連盟)ワールドカップをはじめとする国際大会が数多く開催され、世界的にも有名なラージヒルジャンプ競技場です。
平成19年には、アジアで初めて開催されたFISノルディックスキー選手権大会の、ラージヒルジャンプ競技の会場になりました。
また、ナイタージャンプ大会や、サマージャンプ大会なども開催されています。
ジャンプ台の頂上部には、ラウンジと展望台を設置しており、札幌市内の眺望を楽しむことができます。
また、平成12年には、展示や体験コーナーを備える「ウィンタースポーツミュージアム」が完成し、札幌の観光スポット、ウィンタースポーツの情報発信基地として多くの観光客が訪れています。

有名な方???飛んでました。
s30

・北海道大学の紅葉
s29

・羊ヶ丘展望台
「少年よ、大志を抱け ! 」で有名なクラーク博士像が立つ羊ヶ丘展望台。
札幌市街地を見渡せ、羊が草を食む牧歌的風景は全国的な知名度を誇ります。
この羊ヶ丘、元々は国の研究施設で、戦前は月寒種羊場、戦後は北海道農業試験場として羊を飼育していました。
しかし研究に支障が出るほど見物客が増えたため、1959(昭和34)年に敷地の一部に展望台をオープンすることとなりました。
面白いことにクラーク像にも同じような歴史があります。
かつて北海道大学構内の胸像に観光客が押し寄せてしまい、その代わりとして、博士の来道100年にあたる1976年に全身像が建立されたのです。
s33

・日ハム選手の手形
s31

・札幌ドーム
s32

・白い恋人館
s38

s34

s35

s36

s37

・味噌ラーメン
空が美味しいとホテルの人に聞いたので行きました。
結構、美味かったです~
s39

今回一番の贅沢
活きた毛ガニ丸ごとコースです^^これも美味かった~^^
s40

僕の胃袋に入った毛ガニです^^;
s41

前菜
s42

刺身
s43

しゃぶしゃぶ
s44

焼き
s49

蒸し
s45

天ぷら
s46

寿司
s47

アイス
s48

氷雪の門は札幌で一番古いカニ料理専門店だそうです。
s50


●小樽編
s54

・運河公園

小樽運河は、大正12年に完成した港湾施設です。
海岸を埋め立てて造られており、船荷の積降しを行う際、船と倉庫をつないで作業を円滑にするという、大きな役割を果たしてきました。

・北運河
運河の中でも「北運河」と呼ばれる北部は、運河の幅が昔ながらの40メートルであり、作業船などの小型船が今も係留されています。
s53

・赤い靴の像
この歌のモデルとなった「きみ」ちゃんは、2歳の時に母「かよ」と共に静岡から函館に渡りました。
そこで母は鈴木志郎と出会い結婚しますが、留寿都村へ入植の際、きみを外国人宣教師夫妻に預けました。
その後きみは宣教師夫妻の帰国時に重い結核のため横浜から船で米国に渡れず、東京の孤児院に托され、わずか9才でこの世を去りました。
1907年に志郎は札幌の「北鳴新報」に就職し、そこで野口雨情と出会い家族ぐるみの交流を深めました。
母は娘きみの話を打ち明け、それが雨情の詩となり本居長世が曲を付けて1922年童謡「赤い靴」が生まれました。
s51

北海道鉄道開通は小樽からだそうです。
s52

s55

・堺町通り
「堺町通り」は、古い商家などを改造したガラス店や洋菓子店などが立ち並ぶ、小樽で一番賑やかな通りです。
s57

小樽寿司、口当たりがすごくよかったです~^^
s56

・日本銀行旧小樽支店
s59

現在、世の中に出回っているお札の量が約9兆3000億だそうです。
s58

以上、簡単ですが北海道編終了です^^


<東京編>

今回は、タワーメインで観光しました。

●都庁
s60

2020年東京オリンピックでしたね~すっかり忘れていましたw
s63

都庁からみたスカイツリー
s61

都庁からみた東京タワー
s62


●スカイツリー
東京スカイツリーの高さについては、プロジェクト当初から「約610m」としておりましたが、当初から自立式電波塔世界一を検討しており、世界一を目指した範囲を想定して構造等の対応を行ってまいりました。
その結果、世界各地で高層建造物が計画、建設されている中で、自立式電波塔として高さ世界一を目指し検討を重ね、634mに最終決定しました。
高さ634mの東京スカイツリーは2011年11月17日にはギネスワールドレコーズ社より世界一高いタワーとして認定されました。

平日でしたが、当日券購入30分近く待ちでした。
その後は、スムーズでした。
s64

エレベータの中です。
春夏秋冬の4種類あります。
s65

s66

スカイツリーから見た夜景
s67

s68

s69

外から見たスカイツリー
s70

s72

s71

ここは、5年前にも写真撮ってました!
現在
s73

5年前
s74


●東京タワー
高さ333mの東京を代表する建物の一つ。大展望台(高さ150m)と特別展望台(高さ250m)からは、富士山や筑波山、東京の街を一望できるほか、フットタウンには水族館をはじめ、カフェやレストランも充実です。
お土産グッズも揃います。
「ランドマークライト」と「ダイヤモンドヴェール」の2種類のライトアップを日時によって使い分け、東京の夜景を演出している。2013年6月、国の登録有形文化財となりました。

s75

ワンピースイベントやっていました。
s76

番外編
s77

以上で東京編終了です~~


<大阪・神戸編>

ここもタワーメインで観光???
地元なんで記念メダルに集めしておきます。
実は、北海道から帰ってきてお土産を整理していたら、
記念メダルが結構たまってることに気付きました。
今更ですが、近場は集めようかなと思います~(札幌テレビ塔で買っておけばよかった><)

●ハルカス

2027年までは、日本一高いビルです。
s78

s79

スカイツリーに比べたら、こっちはスカスカですw
s80

ハルカスから見た大阪街
s83

ハルカスから見た通天閣
s81

ハルカスから見た大阪城
s82


●大阪城
織田信長に抗していた大坂(石山)本願寺の跡地を手に入れた豊臣秀吉は、全国統一の本拠地をこの地大坂と定め、天正11年(1583)、雄大極まりない大坂城の建築に着手しました。
完成に約15年を要したその規模は、面積が現在の4~5倍という広大なもので、本丸中央には金色に輝く天守がそびえていました。
しかし、慶長20年(1615)、大坂夏の陣で豊臣家滅亡とともに大坂城はすべて焼失してしまいました。
江戸時代に入って元和6年(1620)、徳川幕府は大坂城の再建にのり出しました。
10年の歳月と幕府の威信をかけて再建された大坂城は、全域にわたる大規模な盛土と石垣の積み上げ、堀の掘り下げが行われ、天守閣も15m高くなるなど、豊臣秀吉が建築したものとは全く異なったものとなりました。
しかし、この天守閣も寛文5年(1665)の落雷で焼失したまま再建されず、その他建物も、大手門や多聞櫓などの一部を残して明治維新(1868)の際の動乱で焼失してしまいました。
昭和6年(1931)、当時の市長関一せきはじめの提案と市民の募金により天守閣の再建が行われました。
太平洋戦争の空襲によりいくつかの建物が焼失し、天守閣も一部被害を受けましたが、戦後の全域の公園化と、昭和28年から44年にかけて行われた櫓・蔵などの修復、そして昭和6年当時の天守閣の姿をよみがえらせるために平成7~9年に行われた「平成の大改修」により今日みられるような姿となりました。
s84


●通天閣
 現在の通天閣は二代目。初代通天閣は明治45年(1912)、第5回内国勧業博覧会の跡地の西半分に開業した新世界ルナパークの中心に建てられたパリのエッフェル塔と凱旋門を組み合わせた高さ64mの塔でした。
当時、東洋一の高さを誇り、「針金渡り」と呼ばれたロープウェイ乗り場を台座部分に備えるなど、奇抜な趣向で大いに人気を博しました。
 昭和20年3月の空襲で一面焼け野原となった新世界地区だが、終戦とともに復興の歩みが始まりました。
東映・東宝・松竹・日活・大映等大手映画会社の封切館が一式そろっていたこの地区は、映画を中心とした娯楽産業の隆盛とともに、第2期の繁栄期を迎えました。
そのころから「なにわのシンボル通天閣をもう一度!」の声が高まり、昭和31年10月再建、開業の運びとなりました。
設計者は内藤多仲早稲田大学教授。この方、実は通天閣に遅れる事2年の後に完成したあの「東京タワー」の設計者でもあります。
高さは初代を上回る103m円形のエレベーターを備え、落成時にはそれなりにモダンな建物だったようです。

s85

ロビンマスク
s86

串かつで有名なだるまです。
s87

・幸運の神様 ビリケンさん
展望台に安置された一見奇妙な顔立ちの像です。
これは明治末頃アメリカの女流美術家が夢にみて作り上げた幸運を呼ぶ神様なのです。
案内によればアメリカで大流行し、新世界に上陸、通天閣解体の折、行方不明になっていましが1980年になってどこからともなく発見され、再び通天閣に祭られることになったということです。
「どこまでほんと?」と突っ込みたくなる話だけど、通天閣の「福の神」として映画にもなったビリケンさん。
通天閣に上ったときにはやはり忘れずにお参りしておきたいものです。
ちなみに足の裏をさすりながら願い事をしないと思いは伝わらないとのことw
s88

s89

s90

s91

s94

ビリケンさんと関係ないけどイルカもあった。
s92

通天閣内のキン肉マンミュージアムでは、ゆでたまご先生と
新世界&通天閣にまつわるエピソードが展示されています。
s93

・新世界
通天閣とアメリカ「コニーアイランド」を模倣して建設された都市型遊園地「ルナパーク」の完成時期にはじめて「新世界」と名付けられたそうです。
s95


●ポートタワー
メリケンパークのシンボル的な存在である、神戸ポートタワーです。
神戸ポートタワーは1963年に建設された歴史あるタワーで、その太鼓状の形から人気が高いです。
特に夜景は、赤色にライトアップされ、神戸の夜景には欠かせない存在となっています。
展望台も設置されており、神戸市内を一望することができます。

s97

開業50周年のハート形のオブジェ
s96

いつもの夜景
s99

s101

最後に記念メダル
現在、20個です。引っ掛ける所も増やさないと^^;
s100

写真ばかりの内容となりましたが、たまには更新していきたいと思います~^^
最後まで見ていただいてありがとうございましたヾ(@⌒ー⌒@)









スポンサーサイト



  1. 2015/10/24(土) 15:28:26|
  2. ■出張
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

石川&博多

<大雪出張>

2/1~2/3まで石川へ出張に行っていました。
帰りのサンダーバードは、大雪の影響で朝8時に乗って大阪についたら16時ぐらいでした><
10時以降のサンダーバードが運休だったことを考えると帰れただけでもラッキーでしたw


<博多旅行>

ボランティアメンバーで博多旅行に行ってきました。
改装された博多駅は、新鮮でした。

1

その後、ラーメンを食べてヤフードームに行きました。
寒かったせいか、ほとんど人はいませんでしたw

2

3

王貞治ミュージアムも入りました。

4

夜は中州の料亭でコンパニオンを呼んでの宴会でした^^

5

2次会までは、みんなと一緒に行動し、その後は各自で繁華街に消えていきましたw

翌日は、アサヒビール園に行きました。
出来立てビールとしゃぶしゃぶで胃袋は満たされました^^

6

7

以上
  1. 2012/02/12(日) 17:54:43|
  2. ■出張
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

海鮮丼part2

先週、石川県に出張だったので、近江町市場により海鮮丼を食べてきました。
前回、井ノ弥に行ったので、今回はひら井に行ってきました。
平日の昼間でしたが、天候が雨のせいか待ちなしで入れました。

1

特選海鮮丼です。
デジカメ持っていってなかったので、画像悪いですが、結構美味かったです。

2

ウニ・イクラ丼です。
これは、井ノ弥のほうが断然ボリュームあります。
器が小さく工工エエエエェェェェェヽ(゚Д゚;)ノ゙ェェェェエエエエ工工 って思いますw
軽く3杯はいけますw
前回来た時よりウニ・イクラの価格が上がっていたせいかも知れませんね。


3

3種丼(ウニ・イクラ・カニ)
カニが少し水っぽいので、わさび醤油をかけて食べると普通に美味いです。

4

この間、B-1行きましたが、やはり自分はA級?グルメのほうがいいですねwww
  1. 2011/11/26(土) 13:50:59|
  2. ■出張
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

山梨出張

先日、山梨へ出張しました。

昨年のB-1グランプリで優勝した甲府鳥もつ煮を食べに行きました。

【もつ煮】

1日目は、甲府駅近くの奥藤に行きました。
全品280円は2Fの店かな?

e

普通に美味しかったです。

d

ラストオーダーが20時15分って早すぎでした。
生ビール600円も大阪の倍ですねw


2日目も甲府駅近くの駅前屋にいきました。

b

こちらも鳥もつ煮は、普通に美味しかったです。

個人的は、牛すじ煮込みとレバ刺しのほうが美味かったですw


【像】

甲府駅には武田信玄像がありました。

a

韮崎駅には、球児の像がありました。

中田が生まれるより8ヶ月前の1976年5月に、
韮崎高校のサッカー部OBをモデルに建てられたものだそうです。
中田像だと思ってました(^-^;

c
  1. 2011/10/12(水) 13:51:34|
  2. ■出張
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1

ウォーキング

夏場の出張はよく飲むので、少し運動をしようと思い、今回はホテル近くを1時間ほどウォーキングしました。
江ノ電にも乗りましたが・・・(^-^;
今回はデジカメを持参していなかったので携帯で撮りました。画質今一でした><

<鎌倉大仏>

鎌倉を代表する名所となっている長谷の高徳院の本尊である大仏は、鎌倉幕府第三代執権・北条泰時の晩年になってから作り始めました。「吾妻鏡」によれば、北条泰時の時に、淨光という僧が諸国を勧進して浄財を集めて歩き、暦仁元年(1238)3月から大仏と大仏殿を造り始めました。北条泰時もその建立に援助をし、大仏開眼は5年後の寛元元年(1243)6月11に行われたそうです。泰時は前年の6月に62歳で亡くなり、この時、建立した大仏は木造でした。
そして4年後の宝治元年(1247)にこの大仏が暴風雨の為に倒壊したので、建長四年(1252)にあらためて金剛の大仏が造営され始めました。大仏殿は建武二年(1335)と志安二年(1369)の台風で倒壊。更に明応四年(1495)の大津波で押し流され、以来、現在の様な露座の大仏となってしまったそうです。大仏は台座を含む総高が約13.4m、仏身高が約11.3m、総重量は122トンと入場券に書いていましたw

6
(全体)

3
(正面)

5
(後面)鎌倉の大仏は、奈良の大仏に比べると頭が大きく、うつむき加減の猫背になっています。

4
鎌倉の大仏のそばには、巨大なわらじが奉納されています。大きさが2mあるわらじで、大仏の足に合わせたものだそうです。このわらじは、いつも座りっぱなしの大仏様に、わらじをはいて散歩にでかけてくださいと、茨城の、とある子供会が奉納したものだそうです。

<長谷寺>

かなり有名な寺だそうです。奈良にもありますが、きっと関連しているのでしょうね?

7

<江ノ電>

江ノ電は鎌倉駅から藤沢駅を,海沿いの江の島付近を通って35分で結ぶ路面も走る電車です。観光客や地元の通勤,通学の足として1902年から106年間走り続けている歴史ある電車です。
また、民家すれすれに走る様子や,広々とした海岸を一望できる浜辺沿いのスポット,鎌倉の自然を乗車したまま堪能できる魅力ある電車です。

8

<おまけ>

携帯に残っていた写真を2点ほど載せます。(鎌倉とは関係ないですw)

①いきつけの串かつ屋です。美味くて、安くて、安全ですw
・ウォッカベースの酎ハイ梅→梅干を細かく潰して飲むと最高です^^
・鳥肝造り→お酒によく合います^^
・串かつ→1回づけのタレも抜群です^^

1

②季節外れですが、クリスマスツリーです。
 少し涼しくなったかな?w
 最近は、ここへの出張がなくなりました(^-^;

2
  1. 2011/07/12(火) 19:00:55|
  2. ■出張
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ

プロフィール

Vodka&コスモ

Author:Vodka&コスモ
メインゲーム
・キャプテン翼⇒パズドラ
・ゼネピック⇒ポケモンGo

カメラ
・OM-D E-M1 Mark II
・ILCE-9
・Cyber-shot DSC-WX500

レンズ
・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-100mm F4.0 IS PRO
・M.ZUIKO DIGITAL ED 25mm F1.2 PRO
・M.ZUIKO DIGITAL ED 30mm F3.5 Macro
・M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO
・M.ZUIKO DIGITAL ED 300mm F4.0 IS PRO
・M.ZUIKO DIGITAL 1.4x Teleconverter MC-14
・FE 100-400mm F4.5-5.6 GM OSS
・TAMRON 28-75mm F/2.8 Di III RXD (Model A036)

カテゴリー

最近の記事

最近のコメント

カレンダー

10 | 2019/11 | 12
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

FC2カウンター

リンク

このブログをリンクに追加する

月別アーカイブ

参加中


御朱印ランキング

ブログ内検索

RSSフィード

占い

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる