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リラックスタイム

最初はゲーム中心のブログでしたが、最近は日常の出来事を不定期に更新しています。

GW神社巡り②

【神戸編】

①八宮巡り

「一宮神社」~「八宮神社」までをめぐると厄が落ち、開運するという伝えがあります。
一宮神社から順番に写真のみ掲載しますw

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御朱印はこんな感じです↓

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②途中寄り道した神社

●生田神社

生田神社は1800年以上の歴史を有する古社で生田の神を守る家、神戸(かんべ)が由来となって神戸という地名が生まれました。生田は元々は活田であり、活き活きとした生命力溢れる場所という意味です。

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●北野天満神社

北野天満神社は、霊顕あらたかな学問の神様で親しまれている菅原道真公をお祀りする由緒ある神社です。
治承4年(西暦1180年)の6月、平清盛公が、京都から神戸に都を移し、「福原の都」をつくるに当たって禁裡守護、鬼門鎮護の神として、京都北野天満宮から勧請して祀られた古い歴史をもっています。

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●祇園神社

ご祭神は素戔嗚尊、櫛稲田姫命です。
神社の創始の由来は、平安時代に京都で起こった疫病を鎮めるために姫路の広峯神社から勧請を受ける事となったそうで、その際の神輿が京都までの移動の途中、この平野の地で一泊した事が縁で後に勧請を受け祀ったのが始まりだそうです。

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それぞれの御朱印はこんな感じです↓

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●湊川神社

鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて活躍した武将・楠木正成公を祭神とし、「楠公さん」の愛称で親しまれています。
境内には、水戸光圀公により建てられた大楠公墓碑「嗚呼忠臣楠子之墓」などの国の史蹟があり、「宝物殿」には、楠木正成公自筆の法華経奥書(国重文)や、段威腹巻(国重文)をはじめとする多数の宝物を展示しています。

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御朱印は4種類あります↓

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●長田神社

神功皇后(じんぐうこうごう)摂政元年春2月、皇后が新羅より御帰還の途中、武庫の水門に於て「吾 (あ)を御心(みこころ)長田の国 に祠(まつ)れ」とのお告げを受けて、山背根子の女・長媛(ながひめ)を奉仕者として創祀された全国有数の名大社です。(日本書紀 神功皇后摂政元年条 西暦201年と伝える)
古来、皇室をはじめ武門の崇敬あつく、延喜式の制では名神大社 更には祈雨八十五座に列し、神戸(かんべ)41戸もって奉祀護持され、今日の神戸発展の守護神と仰がれています。

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御朱印は2種類あります↓

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●おまけ

途中、北野坂を歩いているとインフィオラータこうべが開催されていました。
「インフィオラータ」とは、イタリア語で「花を敷きつめる」という意味で、道路や広場に花びらなどにより絵模様を描き鑑賞するというイベントで、イタリアのジェンツァーノ市をはじめ、ヨーロッパの各都市で実施されています。
神戸では、阪神・淡路大震災で傷ついた神戸の街を美しく彩りたいという思いで、1997年に初めて開催されました。
町をチューリップの花びらで彩る神戸の春の風物詩として定着しており、今年で21回目を迎えます。

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この日は暑く、4時間ほど歩きっぱなしだったので、ビールが美味かったです^^
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テーマ:日記というか、雑記というか… - ジャンル:日記

  1. 2017/05/07(日) 11:22:05|
  2.  兵庫
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GW神社巡り①

GWの神社巡りについて、2回に分けて書きます^^;

【赤穂編】

●大石神社

大石神社は明治天皇の宣旨を契機として明治33年神社創立が公許せられ、大正元年11月、四十七義士命を祀る神社としてご鎮座になりました。
ご祭神は大石内蔵助良雄以下四十七義士命と中折の烈士萱野三平命を主神とし、浅野長直・長友・長矩の三代の城主と、その後の藩主森家の先祖で本能寺の変に散った森蘭丸ら七代の武将を合祀しています。

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個人的に好きな堀部安兵衛です↓

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●赤穂八幡宮

祭神は応神天皇、神功皇后、仲哀天皇であり、応永13年(1406)鳥撫村(現在の天和)銭戸島から移されたと言われて
います。同宮には、大石内蔵助ゆかりの布袋額・櫨の木・石灯篭などをはじめ、赤穂義士関係の書状などが数多く
残されています。赤穂八幡宮獅子舞は、平成17年(2005)県の無形民俗文化財に指定されています。

御朱印はこんな感じです↓

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【播州秋祭り編】

●松原八幡神社

「灘のけんか祭り」で有名な松原八幡神社は、中殿に品陀和気命(ほんだわけのみこと)左殿に息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)右殿に比 大神(ひめおおかみ)の御祭神をまつっており、その発祥の御由緒は、天平宝字7年発卯4月11日(西暦763)豊前国宇佐神宮より当白浜町の西部の松原村へ奉迎され、天皇の御祈願所とされたと伝えられています。

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●魚吹八幡神社

魚吹八幡神社(うすきはちまん)は、息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)、品陀和気命(ほんだわけのみこと)、玉依比売命を祭神とする神社で、網干津にあるので、津の宮とも呼ばれています。
創建年代については、仁徳天皇7年、神亀2年説や「峰相記」の貞観2年説などあります。
平安時代末期に石清水八幡宮の別宮となり、魚吹八幡神社と呼ばれるようになりました。

播州地区で最大の氏子数を抱えて、秋季例祭には総勢18台の参加します。
また、この例祭は「提灯まつり」ともいわれて、提灯練りが有名です。

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●津田天満神社

津田天満神社は飾磨区構にあり、御祭神は、菅原道真公、津田大歳明神、賀茂別雷大神です。
社殿の創建は不詳ですが、当初は大歳明神を祀る社があり、菅原道真公が当地に立ち寄られた際、人々は公の徳を慕って大歳明神に祀り、その後、主神の位置を替え、津田天満として崇敬されるようになったと伝えられています。

今在家、加茂、構、思案橋の4地区の屋台が順に宮入り。
屋台上部に設置された擬宝珠が外されると、拝殿の内部に運ばれ、拝殿内で屋台を練る珍しい「拝殿練り」や、地面に置かれた屋台を腕で一気に差し上げる「一気差し」を披露。また、子供屋台による「拝殿練り」や獅子舞なども演じられています。

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御朱印はこんな感じです↓

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●浜の宮天満宮

御祭神は学問の神さまとして知られる菅原道真公がお祀りされています。
もと宮町にあり、慶長年間に池田輝政が米蔵を建てるため現在の地に移したといわれています。
当時、神社の南側は松林が広がり近くまで海が迫っていたようです。
境内には江戸期の石造品が多くあり、社殿横の石灯籠は、元禄12年(1699年)のもので、境内の力石は天保13年(1842年)に恵美酒宮の力石と同じ大浜岩吉によって奉納されています。
常夜灯にはも魚問屋、生魚仲買中、宮町釣船中、魚売子中などの文字が彫られ、漁業関係者が奉納したことを示しています。
ほかに手水鉢は寛政10年(1798年)、狛犬は弘化3年(1846年)、境内末社に文化12年(1815年)の石灯籠があります。
また、社殿前の東側の神牛は、明治11年に越前や加賀の北前船船主たちが奉納したもので、飾磨津が北前船の寄港地であったことを物語る貴重な遺品です。

浜の宮天満宮の秋祭りには、3台の大屋台と6台の小屋台が宮入りし、須加、宮、天神、西細江屋台による「台場差し」は、他に類を見ない荒技として広く知られています。

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●恵美酒宮天満神社

飾磨津が発祥した頃は、事代主命を祀り守護神としていましたが、左遷された菅原道真公がこの港に立ち寄った際、人々は道真公を慕い、後に菅原道真公を祀る天満神社になったといわれています。
社殿の創建に関しては、弘安4年(1281年)に蒙古襲来の際、諸国に御勅使が使わされ、戦勝を祈願されたそうです。
風雨により敵船が壊滅すると、戦勝を報告するため再び勅使が使わされ、西国、中国の海岸44ヶ所、そのうち山陽道8ヶ国に18ヶ所に神社を建て、当社もその中に入っていたことから、恵美酒宮天満神社の創建は弘安4年ともいわれています。
天正8年(1580年)に、羽柴秀吉と三木、別所との戦いにより社殿は焼失し、祭事も衰えたようです。
正徳4年(1714年)5月に焼失した神輿の再建について協議が行われ、同年9月大坂で製作された神輿が海路より東堀の浜に到着し、氏子各町を巡行したのが現在の本神事の始まりといわれています。
都倉が当番の年に本神事が行われるのは、正徳4年に復興した神輿が東堀から陸揚げされ、都倉に、御祭神及び神輿が休憩されるための御旅所があったからといわれています。
平成15年には社殿が改築され、神輿の修理、祭器の新調が行われました。
平成16年5月2日には、新社殿の完成を祝い竣工奉祝祭が行われ、氏子各町から稚児行列の参拝と屋台練りが行われました。

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御朱印はこんな感じです↓

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●大塩天満宮

大塩天満宮は、天文2年(1533年)2月に、当地の城主であった大塩次郎景範(かげのり)によって創建されたと伝えられています。
御祭神は、菅原道真公をはじめ天穂日命、大己貴命が祀られています。

また、「播州獅子どころ」と言われるように、獅子舞も大変盛んな地域といわれています。
その中でも大塩の獅子舞は特に有名で、通常の神楽獅子とは異り、頭から尾まで黒毛で覆われた毛獅子で、野獅子の生態を現した豪快な舞が特徴です。

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●曽根天満宮

曽根天満宮の御祭神は、主神に菅原道真公が祀られています。
延喜元年(901年)に太宰府へ左遷された菅原道真公が、伊保の港より上陸され、曽根と大塩の境にある日笠山に登られ、祖先の天穂日命に「我に罪無くば栄えよ」と罪の無実を祈られ、山上の小松を現在の社地に植えられました。
これが霊松『曽根の松』で、現在も幹が境内の『霊松殿』に保存されています。
その後、四男淳茂公(あつしげこう)が、家臣13名と共にこの地を訪ね、父君ゆかりの場所に社殿を建立しお祀りしたのが曽根天満宮の由緒とされています。

また曽根天満宮の屋台は、四隅が反り上がる三層の布団を重ねた「反り屋根型布団屋台」で、各町とも布団の色に個性があり、カラフルな色合いが秋空に映えます。
屋台は曽根町の西之町、北之町、東之町、南之町と、伊保南部、伊保中部、伊保西部、高須、梅井、中筋西、中筋東から練り出され、11台の屋台が順に宮入りし境内で練り競う様子は秋祭り屋台行事の見どころです。

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御朱印はこんな感じです↓

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●高砂神社

高砂は、近世港町として栄え、謡曲「高砂」の発祥地として知られています。高砂神社は素盞嗚尊(すさのおのみこと)、奇稲田姫(くしなだひめ)、大己貴命(おおなむちのみこと)の三神が祀られ、境内にある「相生の松」は広く知られています。

神幸祭は、各地区から練り出されたダンジリや賑わい物が神輿の先導やお伴をして各町を巡行します。
3年に一度は神輿を船に乗せ、海上渡御を行う船渡御が行われ、例大祭は、東宮町、中部、戎町、農人町、鍵町、浜田町、木曽町の7地区から練り出された屋台が舞子に先導されながら宮入し、宮出し後は勇壮な練り合わせが繰り広げられます。

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御朱印は2種類あります↓

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●英賀神社

英賀(あが)は播磨国風土記にもある英賀彦・英賀姫を祀っています。
英賀神社から生じた地名で、現在は兵庫県姫路市飾磨区英賀宮町となっています。
室町時代初期に築かれた英賀城を中心とする城下は秀吉により落城するまで、姫路城下を凌ぐ大いに栄えた港町でした。
乱世の戦国時代、英賀御堂を拠点とする一向宗の門徒が多かった英賀衆は黒田官兵衛の説得にも応じず毛利方についたため
信長の命による秀吉により攻め滅ぼされました。
この戦では、同じ播磨の地にありながら姫路の黒田官兵衛も英賀攻めの戦に加わったとされています。
落城後、英賀城と城下は焼き尽くされたため今では英賀神社の境内に土塁跡が残るのみとなっています。
各地に残っていた土塁は、昭和13年(1938)から始まった区画整理によりほとんどが消滅してしまったため、大変貴重な遺構となっています。

2台の檀尻と大小18台もの屋台が繰り出される歴史深い秋祭です。
高床式の拝殿の中、天井に届くほど屋台を高く練り上げる拝殿練りは圧巻です。
また、「英賀と言えば梯子、梯子と言えば英賀」と称されるように2本の大竹で出来た横木の無い梯子の上で獅子が舞う姿は勇壮で見応えがあります。

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●広畑天満宮

当宮の創祀期の日は詳かではありませんが、霊泉「御水が池」の畔にお祀りしていた境内末社広辻神社が最も古い社で、霊亀元年(西暦715年)には既に御鎮座されていました。
降って延喜元年(西暦901年)菅原道真公が九州へ御西下の途中、高浜の汀に上陸せられ、爾来当地の人々は公の御人格と御神格を深く敬仰し、中世、天満大神の御鎮座を仰ぎました。
幕末の頃、御水が池の半分を埋め立てて浄地を造り、旧来ささやかであった祠宇を改めて今の御社殿を造営申し上げたそうです。

各地区の屋台は朝、御旅所に集結。猿田彦、神輿3基に続いて屋台16台が順に宮入りし、昼前には境内に勢ぞろいします。
その後、屋台は1台ずつ拝殿へ。
練り子たちは屋台をぶつけないようにゆっくりと進んだ後、狭い拝殿内で勢いよく差し上げ、自慢の屋台を天井近くまで高々と掲げると、周囲から大歓声が上がります。

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御朱印はこんな感じです↓

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●荒川神社

荒川神社は小高い山の中腹にあり、参道から馬場に入り石段を上がったところに拝殿があります。
荒川神社の創建は、この地が夢前川の旧流路で、汐入川と水尾川という2本の川があり、大雨や台風で洪水が起こりやすかったことから水の神である水波能女神(みずはのめのかみ)を祀ったのが始まりとされ、その後建築の神である手置帆負神、彦左知神を合祀して現在に受け継がれています。
社殿も初めは山の下に建てられていたそうですが、水害のため山の中腹に建てられるようになり、現在の地に建てられたのが正徳元年(1711年)といわれています。
荒川という地名の起こりも度重なる水害によって付けられたといわれています。

荒川神社の秋祭りは別名「小芋祭り」と呼ばれ親しまれています。
これは馬場で練る屋台を拝殿から見ると、すり鉢の中で小芋を洗っているように見える情景に由来します。
屋台は町坪、中地、玉手、岡田、井ノ口、西庄の6台と、子ども屋台の樽みこしが7台練り出されます。
宮入り、階段登り、拝殿内での屋台差し、山下り、馬場での練り合わせなど、見どころが多い祭りとしても知られています。

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●荒井神社

舒明天皇の時代(629~641)に創建された古社で、鎌倉時代に現在地に遷座。境内には一つの根元から男松と女松が分かれ出ている“結びの松”や武者小路実篤の歌碑があります。

結びの松で有名な荒井神社の秋祭りで最大の呼び物は、江戸時代から伝わるという仁輪加太鼓。
にわか芝居をもじったもので、少女が扮する着飾った舞子が踊りを舞い、乗り子、練り子の囃子や唄と掛け合いながら寸劇を展開していきます。
寸劇も毎年内容が変わり、見物客を楽しませています。

写真撮り忘れです^^;

御朱印はこんな感じです↓

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最後にイラストの入った御朱印で話題の米田大師寺は、鹿島神社の参拝道沿いにある真言宗のお寺です。
好きな絵と言葉を書いてくれます。その後、一緒にお経を読みますw

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テーマ:日記というか、雑記というか… - ジャンル:日記

  1. 2017/05/05(金) 21:59:09|
  2.  兵庫
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御朱印帳

GWは混雑しているので、比較的空いてる近場の神社を参拝しようと思い、御朱印帳を整理しました。
どれも中途半端な状態でしたので、自分なりに分担しました^^;

①最初に買った御朱印帳です。(5年ほど前に建仁寺で購入)
ほぼ京都の御朱印なので、京都用とします。
片面終わっているので、これで終了するか反対側も書いていただくか迷っています。

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②清水寺の御朱印帳なので、これも京都用にします。
(これは、ほとんど空白です)

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③摠見寺の御朱印帳なので、織田信長ようにします。そのままですが・・・w
 武将限定にすると、きっと埋まらないような気がします^^;

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④厳島神社の御朱印帳で、関西の御朱印しかいただいていなかったので、関西用にしますw

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⑤これは、アマゾンで購入した西陣織の御朱印帳です。
 これは、近場用(兵庫限定)にします。(GW前は白紙)
 一気に埋まるかな?w

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⑥日光東照宮の御朱印しかないので、関東用にしますw
 これもきっと埋まらないような気がします。
 気長にやりますw
 あと、御朱印帳の裏面に白い部分があります。
 ここには、「御朱印帳」、それとも「自分の名前」、それとも「徳川家康」???
 何を書くのでしょうか???

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⑦眞田神社の御朱印帳なので、武将ゆかりとしたいところですが、
 難しそうなので、眞田家+変わった御朱印でいきますw

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いつの間にか御朱印帳が7冊になっていました^^;
今のペースだと御朱印帳がたまる一方だと思いますので、
出かけた時は、ちょっと寄り道して参拝していきたいです~~~^^

先日、FC2のブログでGreat Nagoyanさんがやっている「武将御朱印天国」のリンクをいただきました。
戦国武将ゆかりのお宮さん、お寺さんの御朱印を紹介していますので参考になると思います。
  1. 2017/05/04(木) 17:50:51|
  2.  京都
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