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リラックスタイム

最初はゲーム中心のブログでしたが、最近は日常の出来事を不定期に更新しています。

姫路城 お花見

「日本の桜百選」に選ばれている世界遺産・姫路城では、城内を彩る約1000本の桜が満開を迎えたので行って参りました^^
4月3日から8日までは、ライトアップされた桜が楽しめる「姫路城・夜桜会」も催されます。

【姫路城】

姫路城は播磨国飾東郡姫路、現在の姫路市街の北側にある姫山および鷺山を中心に築かれた平山城で、日本における近世城郭の代表的な遺構です。
江戸時代以前に建設された天守が残る現存12天守の一つで、中堀以内のほとんどの城域が特別史跡に、現存建築物の内、大天守・小天守・渡櫓等8棟が国宝に、74棟の各種建造物(櫓・渡櫓27棟、門15棟、塀32棟)が重要文化財に、それぞれ指定されています。
1993年(平成5年)12月にはユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。

姫路城の始まりは、1346年(南朝:正平元年、北朝:貞和2年)の赤松貞範による築城とする説が有力で、『姫路城史』や姫路市ではこの説を採っています。
一方で赤松氏時代のものは砦や館のような小規模なもので、城郭に相当する規模の構築物としては戦国時代後期に西播磨地域で勢力を持っていた小寺氏の家臣、黒田重隆・職隆父子による築城を最初とする説もあります。

戦国時代後期から安土桃山時代にかけて、黒田氏や羽柴氏が城代になると、山陽道上の交通の要衝・姫路に置かれた姫路城は本格的な城郭に拡張され、関ヶ原の戦いの後に城主となった池田輝政によって今日見られる大規模な城郭へとさらに拡張されました。

江戸時代には姫路藩の藩庁となり、更に西国の外様大名監視のために西国探題が設置されましたが、城主が幼少・病弱・無能な場合には牽制任務を果たせないために城主となる大名が頻繁に交替しています。
池田氏に始まり譜代大名の本多氏・榊原氏・酒井氏や親藩の松平氏が配属され、池田輝政から明治新政府による版籍奉還が行われた時の酒井忠邦まで約270年間、6氏31代(赤松氏から数えると約530年間、13氏48代)が城主を務めました。

明治時代には陸軍の兵営地となり、歩兵第10連隊が駐屯していました。
この際に多くの建物が取り壊されたが、陸軍の中村重遠工兵大佐の働きかけによって大小天守群・櫓群などが名古屋城とともに国費によって保存される処置がとられました。

昭和に入り、太平洋戦争において姫路も2度の空襲被害があったものの、大天守最上階に落ちた焼夷弾が不発弾となる幸運もあり奇跡的に焼失を免れ、現在に至るまで大天守をはじめ多くの城郭建築の姿を残しています。
昭和の大修理を経て、姫路公園の中心として周辺一帯も含めた整備が進められ、祭りや行事の開催、市民や観光客の憩いの場になっているほか、戦国時代や江戸時代を舞台にした時代劇などの映像作品の撮影が行われることも多く、姫路市の観光・文化の中核となっています。

また、平成に入っても2009年10月~2015年3月まで、大天守の屋根瓦などの全面葺替えと上部の外部大壁を解体し傷んだ軒裏・破風等の漆喰塗、構造補強など総工費は24億円、腕を振るった職人は延べ1万5000人以上の大修理が行われ、「白すぎ城」いやっ「白鷺城」として復活しました。

それでは、今回撮った写真をアップしていきます。

イーグレひめじの屋上庭園から撮影↓
姫路城180331⑫

三の丸広場から撮影↓
姫路城180331①

千姫ぼたん園付近から撮影↓
姫路城180331⑪

姫路城180331⑬

姫路市立動物園から撮影↓
(今年から有料で大人200円かかります。比較的空いていたので200円の価値はありますね。)

モノレールとコラボ↓
姫路城180331⑤

回転飛行機とコラボ↓
姫路城180331③

姫路城180331②

姫路城180331⑦

象さんとコラボ↓
姫路城180331⑧

少し風があったので、綺麗に映りこまなかったです><
姫路城180331⑨

ここが一番人気の撮影スポットかも?↓
姫路城180331④

姫路城180331④1

ちょっと寄ってみました↓
姫路城180331⑥

姫路城180331⑩

今日は、本当に目の保養になりました^^

しかし、以前に来た時より枯れ枝も増えているなぁ~と感じました。
ソメイヨシノの寿命が約60年と言われており、第二次世界大戦の終戦後間もなく植えられたものが寿命を迎え、衰弱して枯れてしまっている部分もあります。
あと何年、綺麗な状態を見せてくれるのだろうと感じました↓
枯れ枝180331①


【おまけ】

昼食につるまる饂飩 piole姫路ごちそう館に行きました。
丸亀・はなまるに比べると知名度はありませんが、蕎麦があるのがいいですね~^^
温玉ぶっかけそばを食べました。味は普通です↓
姫路城180331⑭

短時間だったのであまり歩いていません^^;
姫路城歩数180331



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テーマ:日記というか、雑記というか… - ジャンル:日記

  1. 2018/03/31(土) 17:49:17|
  2.  兵庫
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滋賀の一ノ宮神社

【近江国 建部大社】

住所:滋賀県大津市神領一丁目16-1
TEL:077-545-0038

古来、建部大社、建部大明神などと称え、延喜式内名神大社に列し、又近江国の一之宮として朝野の崇敬篤く、長い歴史と由緒を持つ全国屈指の古社です。
御祭神、日本武尊は御年僅に16才にて熊襲を誅し、更に東夷を平定され、遂に32才にして伊勢の能褒野において崩御されましたが、父君景行天皇は尊の永逝をいたく歎かれ、御名代として建部を定め、その功名を伝えられました(日本書紀にしるされている)これが即ち建部の起源です。
景行天皇の46年、神勅により御妃 布多遅比売命(ふたじひめのみこと)(父は近江安国造)が、御子稲依別王(いなよりわけのみこ)と共に住まわれていた神崎郡建部の郷(御名代の地)に尊の神霊を奉斎されたのが草創であって、その後天武天皇白鳳4年(675年)、当時近江国府の所在地であった瀬田の地に迀祀し、近江一宮として崇め奉ったのが現在です。
歴朝の御尊信篤く、武門武将の崇敬枚挙にいとまなく、とくに源頼朝が平家に捕われ、14才にして伊豆に流されるため、京都から関東に下向の折、永暦元年(1160年)3月20日当社に参篭して前途を祈願した事が平治物語に記されています。
遂に頼朝は源氏再興の宿願成って、建久元年(1190年)11月右大将として上洛の際、再び社前で祈願成就の神慮に対し、幾多の神宝と神領を寄進して奉賽の誠を尽くされたのです。
出世開運、除災厄除、商売繁盛、縁結び、医薬醸造の神として広く崇敬される所以です。

建部大社 1

建部大社2

建部神社御朱印

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  1. 2018/03/28(水) 19:02:51|
  2.  ・滋賀
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熊野三山

世界遺産に登録されている熊野三山へ車で行って参りました。
熊野本宮大社→熊野速玉大社→熊野那智大社の順番で廻りました。

【熊野本宮大社】

全国3000社ある熊野神社の総本宮です。
上四社、中四社、下四社の三社からなり熊野三所権現と言われます。
主祭神は、家津美御子大神です。
古代本宮の地に神が降臨したと伝えられています。
三本の川の中州にあたる聖地、大斎原に社殿が建てられたのは、崇神天皇65年(紀元前33年)のことでした。
奈良時代には仏教を取り入れ、神=仏としておまつりするようになります。
平安時代になると、皇族・貴族の間に熊野信仰が広まり、京都から熊野古道を通って上皇や女院の一行が何度も参拝に訪れました。
室町時代には、武士や庶民の間にも熊野信仰が広まっていました。
男女や身分を問わず、全ての人を受け入れる懐の深さから、大勢の人が絶え間なく参拝に訪れる様子は「蟻の熊野詣」と例えられるほどでした。
明治22年の大洪水により、大斎原は大きな被害を受けました。
当時は能舞台などもあり、今の8倍の規模を誇っていましたが、明治24年に上四社が現在地へ移されました。
今、大斎原には中四社、下四社、境内摂末社の神々がおまつりされています。
平成23年9月、紀伊半島大水害により、再び大斎原や瑞鳳殿などに大きな被害を受けました。
しかし、平成26年には瑞鳳殿が再建されるなど以前にも増した復興を遂げ、現在に至ります。

無料駐車場が入口近くにあり便利です。

熊野本宮大社180324①

熊野本宮大社180324②

熊野本宮大社180324③

熊野本宮大社180324④

熊野本宮大社180324⑤

熊野本宮大社180324⑥

熊野本宮大社180324⑦

神社用の御朱印帳が少なくなってきたので、1個大判サイズを購入しました。ページ数も多いです。(価格:2500円)
熊野本宮大社御朱印帳180324

頂いた御朱印↓(書置きで他に3種類ありましたが、直書きはこの1種類だけでした)
熊野本宮大社御朱印180324


【大斎原】

熊野本宮大社から5分ほど着きます。
高さ33.9m幅42mの日本一の大鳥居あります。

大斎原180324①

大斎原180324②

大斎原180324③


【熊野速玉大社】

熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)と熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)を主祭神としています。
神倉神社のゴトビキ岩に降臨した熊野権現を勧進するため、景行天皇の時代に社殿を造営したと伝えられています
2002年12月19日、 熊野三山が史跡「熊野参詣道」から分離・名称変更された際に、 御船島を含む熊野速玉大社境内が追加指定されました。

ここも無料駐車場が入口近くにあり便利です。

熊野速玉大社180324①

熊野速玉大社180324②

熊野速玉大社180324③

神倉神社ゴトビキ岩

頂いた御朱印↓
熊野速玉大社御朱印180324


【熊野那智大社】

467段におよぶ石段の上に建つ6棟からなる社殿は、標高約330mに位置し、夫須美神(ふすみのかみ)を御主神としてそれぞれに神様をお祀りしています。
伊弉冉尊(いざなみのみこと)とも言われる夫須美神は、万物の生成・育成を司るとされ、農林・水産・漁業の守護神、縁結びの神様また、諸願成就の神としても崇められています。
社殿は、仁徳天皇の御世(317年)に現在の位置に創建され、平重盛が造営奉行となってから装いを改め、やがて、織田信長の焼討に遭ったのを豊臣秀吉が再興しました。
徳川時代に入ってからは、将軍吉宗の尽力で享保の大改修が行われています。
境内には、日本サッカー協会のロゴにも用いられている“八咫烏(やたからす)”の烏石や、樹齢約850年の大楠が茂っています。
社殿並びに境内は、2004年7月、ユネスコの世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として登録されました。

今回は一番上まで行き、社務所の駐車場に止めました。(800円でしたが、宝物殿の無料券300円が付いているので実質500円)
参拝後、滝まで車で行ったので2回目の駐車場に止めました^^;(2回目500円)

那智山アップ

熊野那智大社180324①

熊野那智大社180324③

昨年の台風12号の被害で修復中でした↓
熊野那智大社180324②

熊野那智大社180324④

日本一大きいおみくじらしいです↓
熊野那智大社180324⑤

頂いた御朱印↓
熊野那智大社御朱印180324


【青岸渡寺】

和歌山県東牟婁郡那智勝浦町にある天台宗の寺院です。
西国三十三所第一番札所で山号は那智山、本尊は如意輪観世音菩薩です。
本堂および宝篋印塔は国の重要文化財でユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』の一部です。

青岸渡寺180324①

青岸渡寺180324②

三重塔180324①

頂いた御朱印↓
青岸渡寺御朱印180324


【那智の滝】

水柱は直下133メートル、銚子口の幅13メートル、滝壺の深さは10メートルの日本一の名瀑で、銚子口の岩盤に三つの切れ目があって、三筋になって落下し始めるところから、「三筋の滝」ともよばれています。
入口より御滝本までは昔のままの石畳み道が続き「鎌倉積石階段」といいます。
滝の右手には南方熊楠が粘菌の採取を行った那智山原始林(国天然記念物)が広がり大滝を始め48の滝があり、二の滝や三の滝・文覚の滝や陰陽の滝などが知られています。

那智の滝180324①

動画はココ ⇒ 動画

【飛瀧神社】

和歌山県那智勝浦町那智山にある神社で御祭神は大己貴神です。
熊野那智大社の別宮であり、那智滝自体が御神体であり、本殿は存在しない。
拝殿もなく、直接滝を拝むこととなります。
滝の飛沫に触れることによって、延命長寿の霊験があるという伝説があります。

飛瀧神社180324①

飛瀧神社180324②

頂いた御朱印↓
飛瀧神社御朱印180324


【桜】

まだ桜はほとんど咲いていないと思っていましたが、7分咲き?ぐらいでした。
人も少なくラッキーでした^^ (初詣以外はいつでも少なめかも???)
素人撮りですが、アップします!

桜180324③

桜180324①

桜180324②

桜180324④

三重塔桜滝180324


【橋杭岩】

串本から大島に向かい、約850mの列を成して大小40余りの岩柱がそそり立っています。
その規則的な並び方が橋の杭に似ていることからこの名が付きました。
海の浸食により岩の硬い部分だけが残り、あたかも橋の杭だけが立っているように見えるこの奇岩には、その昔、弘法大師と天邪鬼が一晩で橋を架ける賭をして、一夜にして立てたという伝説も伝わっています。
吉野熊野国立公園地域にあり、国の名勝天然記念物に指定されています。

橋杭岩180324①

日の出だとこんな感じです↓
橋杭岩朝日①


【那智黒】

那智黒 (なちぐろ)とは、和歌山県東牟婁郡那智勝浦町周辺(新宮市、三重県熊野市・南牟婁郡御浜町、紀宝町など)で販売されている名物の黒飴のことです。
製造・販売元である那智黒総本舗の本社・工場は東牟婁郡太地町に所在しています。

お土産でこの中から1個買いました^^
那智黒180324

那智黒 ソフトクリームも食べました^^ 甘かったです。
那智黒180324②


【おまけ】

車がメインだったので、あまり歩いていませんでした^^;
でも車は約700km/日走りました><

180324.jpg

紀勢自動車道が大分開通してきたので、時間短縮できました↓
紀勢自動車道

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  1. 2018/03/25(日) 01:07:17|
  2.  和歌山
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広島の一ノ宮神社

広島には3つの一ノ宮神社があります。
今回で3つともコンプリートしました。

【備後国 吉備津神社】

吉備津神社は、大同元(806)年、備中吉備津神社より勧請されたと伝えられており、幾度かの御社殿焼失・再営の後、慶安元(1648)年、初代福山藩主であった水野勝成公により、現在のご本殿(国指定重要文化財)が造替されました。
御祭神は備後開拓の神様として、また、開運招福・厄除け・交通安全・長寿の神様として、備後一宮(びんごいちのみや)・一宮(いっきゅう)さんと人々に親しまれ、広く信仰されています。

吉備津神社180317①

吉備津神社180317②

吉備津神社180317③

吉備津神社180317御朱印


【備後国 素盞嗚神社】

備後国の三大祇園社の一つで、延喜式内社でもあります。
600年代創建の古い神社です。
また「蘇民将来」伝説の地と伝えられています。

素盞嗚神社180317②

素盞嗚神社180317①

素盞嗚神社180317御朱印


【安芸国 厳島神社】

厳島は古代より島全体が神として信仰の対象とされていた聖地で、伊都岐島などの別名から「島に神霊をいつきまもる」の意味であったとも考えられています。
創建は推古天皇元(593)年で、延喜式では安芸国佐伯郡伊都伎嶋神社と記され、名神大社に列しています。
厳島は神の島と崇められていたので社殿は陸地に柱を建てず海水の満ち引きする所に建てたといわれています。
社殿が現在の規模に定まるのは平安末期の仁安3(1168)年に平清盛によって造営された時であります。
以後、承元元(1207)年、貞応2(1223)年と二度に亘り火災に遭うが、その都度国司によって造営され、現存の社殿は任治(1241)年に造営を終えたものであります。
以降、鎌倉幕府、室町幕府、大内氏、毛利氏、浅野氏の篤い崇敬と保護のもとに社殿を維持し、現在は本殿以下附属する建物はすべて国宝または重要文化財に指定されており、平成8年12月にはユネスコの世界文化遺産に登録されました。

①厳島神社

③厳島神社

②厳島神社

④厳島神社

⑤厳島神社御朱印


【おまけ】

①ラーメン

福山の「ずんどう屋」に行列が出来ていました。
そんなに並ぶ価値ある?と思いながら、帰ってから食べに行きました^^;
味は5段階で3.5とします。
この前、アップした一蘭も3.5で笠北は3.0とします。

ずんどー180317

②プリンセス キコ セット

秋篠宮妃紀子さまが静岡がんセンターを視察した際に洋菓子店シェ・イリエ製のガレット・オートミール・チョコチップ3種類ともお召し上がり頂いたことをきっかけに販売している洋菓子です。
お土産で頂いたので食べてみました。
洋菓子はあまり食べないのですが、個人評価としては5段階で3.5ですね^^

プリンセス紀子さん

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  1. 2018/03/21(水) 16:23:55|
  2.  ・広島
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縣主神社

【縣主神社②】

厳島神社や八幡神社の他に、 多くの神が奉られています。
鴨別命(かもわけのみこと)は、雄略天皇の時代、この地に居を構えて鳴尾に棲む「みずち」を退治して住民、旅人の難渋を救われたそうです。
その功績を頌え、仰ぎ慕って里人が神を祀られました。
ご祭神は、鴨別命、8世紀までの間の歴代の縣守。

住所:〒715-0004  岡山県井原市木之子町3909
TEL:0866-62-8456

詳細はココ⇒ 縣主神社HP

雛人形を飾っていました↓
縣主神社180317①

以前にも紹介しましたが、それ以降に頂いた御朱印をまとめてアップします↓

縣主神社12月②

縣主神社12月①

縣主神社180317御朱印②

縣主神社180317御朱印③

縣主神社180317御朱印④

縣主神社180317御朱印①


【中華そば専門店 笠北】

御朱印待ち時間がかなりあったので、井原市周辺のラーメン屋を検索したところ、1位が中華そば専門店 笠北でした。
縣主神社からも近かったので行ってみました。

13時半ぐらいに行きましたが、比較的空いていました。
笠北180317①

メニューが大盛と並盛しかなく、大盛を頼みました。
約2分で出てきました^^
かなりあっさりしていますが、鶏チャーシューは美味しかったです。
笠北180317②


【嫁いらず観音院】

まだ時間があったので、近所の観光地を調べたところ嫁いらず観音院がヒットしたので行ってみました。

天平9年(737年)に名僧行基菩薩によって開基と伝えられ、行基自作の十一面観音を本尊としてお祀りし、樋の尻観音といいますが、このあたりでは「嫁いらず観音」の俗称で知られています。
年老いた人たちが「老いても嫁の手を煩わすことなく、健康で幸せな生涯を全うできる」という霊験があり、嫁不要(よめいらず)の観音様といわれています。
縁日に当たる春と秋の彼岸の中日(春分・秋分)や、毎月17日の月例祭当日は、中国・四国はもとより、広く全国からも参拝者があり、その多くは中老年の人たちで延べ数万人にのぼります。
裏手にある樋の尻山西国33観音霊場巡りも人気で、トレッキングコースとしても好評の場所です。
さすり観音のある頂上付近には休憩所があり、晴れた日の眺望は格別です。
また、開山1260周年と鉄道井原線開業を記念して、平成11年1月に、本尊・十一面観音像の元の姿とされる「聖観音菩薩」(国内最大級の石仏)が建立されました。
「聖観音菩薩」の本体は高さ7.7m・重さ38tで、一本の石づくりの仏像としては国内で最大級とされ、二つの蓮華・台座まで含めると11m・88tとなり、設置用の土台まで約12mの高さとなります。

嫁いらず観音180317①

嫁いらず観音180317③

10分ほどで往復できる奥の院もありました↓
嫁いらず観音180317②

梅が満開でしたが、ソメイヨシノがかなり植えられており、穴場かも???
嫁いらず観音180317④

たまたま月例祭の17日だったので、御朱印も頂きました。(普段の日は書き置きになるようです)
嫁いらず観音180317御朱印

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  1. 2018/03/20(火) 22:17:55|
  2.   岡山
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日本第一熊野神社

【日本第一熊野神社】

日本第一熊野地神社は応仁の乱時に焼き払われた建造物の再建が明応元年(1492年)に開始されたといわれており、第二殿は国の重要文化財に指定されています。
第一殿~第六殿あり、水害前の本宮大社に似ているそうです。

詳細はココ ⇒ HP

日本第一熊野神社180317①

日本第一熊野神社180317②

日本第一熊野神社180317③

第二殿はしばらく修理中のようです↓
日本第一熊野神社180317⑤

日本第一熊野神社180317④

頂いた絵入り御朱印↓

日本第一熊野神社180317御朱印

絵は第二殿かな?^^

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  1. 2018/03/19(月) 21:44:54|
  2.   岡山
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中山寺と清荒神清澄寺

兵庫県宝塚市で有名なお寺と言えば、中山寺と清荒神清澄寺があります。
今回は、両方とも参拝しましたが中山寺の梅林をメインに行って参りました。

今年の中山寺梅林開花状況は↓
2018/03/02 :咲き始め
2018/03/05 :三分咲き
2018/03/08 :五分咲き
2018/03/10 :七分咲き
2018/03/11 :満開

偶然にも満開でした^^
今回はデジカメも持参していたのでたくさん写真を撮りました。


【中山寺】

真言宗中山寺派の大本山です。
本尊は十一面観世音菩薩であり、インドの勝鬘夫人(しょうまんぶにん)の姿を写した三国伝来の尊像と伝えられています。
左右の脇侍も十一面観世音菩薩で、本尊と脇侍をあわせて三十三面となり、西国観音を総摂すると共に法華経に説く観音の三十三権変化身を表象し、真の三十三所巡拝と同じ功徳がえられると言われています。
また聖徳太子が創建したと伝えられる古寺です。
本堂や山門などの堂宇は、豊臣秀頼が再建したと言われています。
約700有余体の羅漢像が並ぶ羅漢堂は壮観です。
境内の中山観音公園には約1000本の梅林があります。

詳細はココ ⇒ HP

中山寺180311①

中山寺180311②

中山寺180311③

仁王像の裏にいます↓
中山寺180311④

中山寺180311⑤

中山寺180311 24

中山寺180311⑥

龍も鮮やかです↓
中山寺閻魔堂龍180311

中山寺180311⑦

中山寺180311⑧

中山寺180311⑨

中山寺180311 21

弘法大師ともゆかりがあるお寺です↓
中山寺180311⑯

中山寺180311⑰

ようやく梅の画像です↓
中山寺180311⑮

中山寺180311⑪

中山寺180311⑬

中山寺180311⑫

中山寺180311⑭

似たような梅があったので紅白で並べてみました^^;
中山寺180311⑱

アップで撮ると綺麗です↓
中山寺180311⑳

中山寺180311⑲

下の2つは何の花かわかりませんが撮ってみました^^;
中山寺180311 22

中山寺180311 23

御朱印を頂くためと日頃の運動不足解消に奥の院まで行きました。
この時期でも大汗かきました^^;;
夏は無理ですね><
中山寺奥の院180311③

中山寺奥の院180311①

中山寺奥の院180311②

境内にある院
中山寺總持院

中山寺寶蔵院180311

中山寺成就院180311

中山寺観音院180311

中山寺華蔵院180311

頂いた御朱印↓
なぜか日付あるものと無いもがあります。
書き忘れたのかな?
中山寺御朱印180311①

中山寺御朱印180311②

中山寺御朱印180311③

大師堂でしか頂けません↓
中山寺太師堂御朱印180311

奥の院でしか頂けません↓
中山寺奥の院御朱印180311

境内の院で頂いた御朱印↓
中山寺道中御朱印180311①

中山寺道中御朱印180311②


【清荒神清澄寺】

真言三宝宗の大本山で摂津国八十八箇所第72番です。
896年(寛平8年)に宇多天皇の勅願寺として静観僧正により建てられました。
本尊は大日如来で、国の重要文化財に指定されています。
鎮守社として三宝荒神社があり、竃の神の荒神などを祀る神仏習合から「清荒神清澄寺」の名称になっています。
山内には画家富岡鉄斎の作品を集めた鉄斎美術館が1975年に設立されました。

詳細はココ ⇒ HP

清荒神清澄寺180311①

めっちゃ鯉がいます↓
清荒神清澄寺180311②

ここも弘法大師とゆかりがあります↓
清荒神清澄寺180311③

一願地蔵尊は金銅製の巨大な立像で、頭上にまで水を掛けて一つの願いを念ずれば、ご利益があると言われています↓
清荒神清澄寺180311④

いつも露店が多いです^^
清荒神清澄寺180311⑤

頂いた御朱印↓
清荒神清澄寺御朱印①

清荒神清澄寺御朱印②


【おまけ】

<ラーメン>

帰りに宝塚IC近くの一蘭に行きました。

久々に食べましたが普通でしたね^^
一蘭180311①

一蘭180311②

一蘭のスープは独自の技法により悪玉コレステロールの原因といわれているトランス脂肪酸がゼロなので、スープを飲み干しありがたい文字を拝みましたwww
一蘭180311③

<ウォーキング>

上った回数が84階だったのでいつもより疲れました^^;
歩数180311



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  1. 2018/03/11(日) 22:51:01|
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京都観光

地元のメンバー13人で3月3日から1泊2日で京都観光してきました。
行った順番でアップしていきます^^


<3月3日>


【日本刺繍】

祭りの屋台に使用する幕や高欄掛けを主に作っているところです。

詳細はココ ⇒ HP

外観は普通の家なので見逃しそうでした^^;↓
日本刺繍180303⑦


素晴らしい刺繍をアップします↓
日本刺繍180303④

幕は1つ約1200万円もするそうですΣ(´∀`;)
日本刺繍180303③

日本刺繍180303①

日本刺繍130303②

これも刺繍です↓
日本刺繍180303⑧

仕事場はこんな感じでした↓
日本刺繍180303⑥

日本刺繍180303⑤


【仁和寺】

食事をした後、仁和寺に行きました。

仁和寺は仁和4年(888)に創建された寺院であり、現在は真言宗御室派の総本山です。
境内には五重塔や二王門など江戸時代に建立された建造物が並びます。
同時期に植えられた御室桜は4月中旬に見頃を迎えますが、建物と同様、 当時と同じ姿を現在に伝えています。
平成6年には世界遺産に登録されました。

仁和寺180303①

仁和寺180303②

庭園から見える五重塔は良かったです↓
仁和寺180303⑨

仁和寺180303③

仁和寺180303④

仁和寺180303⑤

石碑の「心なき者」のみが修正された痕跡がありました。
元々は何が書かれていたか気になったのでネットで調べましたが不明でした↓
仁和寺180303⑥

弘法大師とも関連がある寺ですね↓
仁和寺180303弘法大師御影堂

今回、頂いた御朱印は5種類です↓
仁和寺①180303

仁和寺②180303


【六角堂】

仁和寺の後は、一旦チェックインして夕食までは自由行動でした。
少し時間があったので、六角堂に行きました。

淡路島に漂着した如意輪観音像を念持仏としていた聖徳太子は、用明天皇2年(587)、四天王寺建立の材木を求め、京都盆地を訪れました。
太子が池で身を清めるにあたり、念持仏を木に掛けたところ動かなくなり、この地にとどまって人々を救いたいと太子に告げたため、六角形の御堂を建てて安置したといわれます。
正式な寺号は頂法寺ですが、御堂の形から「六角堂」「六角さん」と呼ばれ、親しまれています。
門前を東西に走る道も六角通りといいます。

六角堂180303①

暮らしや子供を守るお地蔵さんがたくさんあります↓
六角堂180303②

六角堂180303③

今回、頂いた御朱印です↓
六角堂①180303

六角堂②180303


【セブンイレブン神社???】

2/28にオープンしたセブンイレブン神社???の写真もネタで撮ってきました。

セブンイレブン180303


その後は河原町で恒例のコンパニオンを呼んでの宴会でした。
3次会以降は自由行動で、各自深い夜の町に消えていきました^^


<3月4日>

元々の予定は7時集合で伏見稲荷大社でしたが、AM5時に帰ってきたメンバーもいましたので、10時まで自由行動に変更しました。
みんな睡眠不足でしたが、中には6時から朝マック組、7時半から二条城組など元気でした。
自分は、8時半頃からウォーキング兼ねて錦市場→錦天満宮→永福寺→宝蔵寺→平等寺→佛光寺に行きました。


【錦天満宮】

錦天満宮は10世紀に創建されました。
「学問の神様」として知られる菅原道真公を御祭神としています。
また、学問以外にも商才など様々なご利益があるスポットとしても知られています。

御朱印は書置きしかなかったので、お参りして写真だけ撮りました。

錦天満宮180304


【永福寺】

養和元年(1181年)室町の林秀が比叡山の御本尊薬師如来の夢告により与えられた伝教大師が彫られた石仏の薬師如来をおまつりした六間四面の堂を作り、永福寺と名付けられたのが始まりと言われています。
善光という僧が、戒めに背き、病気の母親に好物のタコを買う孝行譚に由来し、本尊薬師如来は蛸薬師の名で知られています。
病気平癒の御祈祷で有名で、毎月8日午前10時より午後2時まで大般若会が勤修され、ガン封じや心身の病気平癒、諸願成就を祈願する人々の参拝が多いらしいです。

永福寺180304①

今回、頂いた御朱印です↓
永福寺180304

妙心寺180304
(永福寺内に妙心寺があり、有名な妙心寺とは関係ないようですw)


【宝蔵寺】

宝蔵寺は、伊藤家の菩提寺です。
その縁で、若冲のドクロの限定御朱印が授与されています。

朝10時からだったので写真だけ撮りました。

宝蔵寺180304


【平等寺】

長徳3年(997)因幡国司橘行平が、任終って帰洛の途中、夢告によって因幡賀留津(いなばかるつ)の海中から一体の薬師如来像をひきあげ、仮堂に安置しておいたが、薬師は行平のあとを追って京都に飛来したといわれ、長保5年(1003)行平は自宅を改造してこれをまつったという。
この霊験談はひろく親しまれ、歴代天皇はじめ一般庶民の深い信仰をうけ、承安元年(1171)には高倉天皇により平等寺と命名されたそうです。
御本尊の薬師如来は日本三如来の一つに数えられており、国の重要文化財に指定されています。

平等寺180304①

平等寺180304②

今回、頂いた御朱印です↓
平等寺180304


【佛光寺】

佛光寺は浄土真宗佛光寺派の本山、1205 年(承元元年)に浄土真宗の宗祖の親鸞聖人が越後に配流され、その後1212(建暦2) 年に京都に帰り山科に創建したのが由来と言われています。
絵入り御朱印で有名です。

佛光寺180304①

今回、頂いた御朱印です。
佛光寺180304


【平等院鳳凰堂】

ここから全員揃って行動しました。

道長の没後、その子供である関白・藤原頼道が永承7年に宇治殿を寺院に改めました。
これが長い歴史の中で語られる平等院鳳凰堂の始まりと言われています。
創建時の本堂は、鳳凰堂の北方、宇治川の岸辺近くにあり大日如来を本尊としていました。
翌年には西方極楽浄土をこの世に出現させたような阿弥陀堂が建立されたといいます。

昭和26年に平等院鳳凰堂は10円玉のデザインに選ばれています。
10円玉に平等院鳳凰堂が描かれているのは有名ですが、実は1万円札にも鳳凰堂の屋根の上にいる鳳凰の姿が描かれています。
鳳凰とは歴史的にも「幸せの前兆」として現れる鳥です。

平等院鳳凰堂180304①

平等院鳳凰堂180304②

今回、頂いた御朱印です↓
いつもは行列が出来ているのに今日は数人しかいませんでした。
ネットで本日は書置きのみと掲載されていたせいかも知れません。
ただ、普通に書いて頂きました。
平等院鳳凰堂180304

昼食は、ニシン入りの茶そばを食べました。
今回、食べ物の写真を撮るのをすっかり忘れていました^^;

茶そば180304①

味は普通でした↓
茶そば180304


【石清水八幡宮】

日本三代八幡宮の1つで、京都府八幡市の男山の山頂にある神社です。
鎌倉時代の元寇で、境内から打ち放たれた巨大な矢が元軍に襲いかかり 撃退したという言い伝えから厄除け開運の神様として信仰されています。

石清水八幡宮180304①

今回、頂いた御朱印です↓
石清水八幡宮180304

以上で観光は終了し、お土産屋に寄って帰りました。

2日ともいい天気で本当に良かったです^^

皆さんお疲れ様でした。


【おまけ】

180303歩き

180304歩き

あんまり歩いてなかったです^^;

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  1. 2018/03/05(月) 20:16:59|
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