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リラックスタイム

最初はゲーム中心のブログでしたが、最近は日常の出来事を不定期に更新しています。

ゆめさきの森公園

野鳥を撮りにゆめさきの森公園に行きました。
GWに入りましたが、あまり人はいませんでした^^;

鳥の鳴き声はたくさん聞こえますが、近くで見つけるのが大変です><
公園のスタッフさんと話すと野鳥狙いなら1日中粘って、何回も足を運ばないといい写真はなかなか撮れないそうです><
また、野鳥は小さいので追随モードの高速連写でもなかなか難しいようです。
なので、野鳥を見つけたら、プロキャプチャーモードで飛び立つ瞬間まで待機する方法に変更しました^^;
しかし、展望台まで登りましたが、写真が撮れる範囲で野鳥は見つけられませんでした><

風景写真も含めて本格的に写真を撮っている人の大変さが少し分かったような気がします^^;
自分は、待機や何回も足を運ぶタイプじゃないので、楽していいタイミングで写真が撮れる確率が高い場所を探していきます^^;

詳細はココ ⇒ HP

とりあえず、森の写真をアップします。

180428ゆめさき森公園①

180428ゆめさき森公園②

180428ゆめさき森公園④

180428ゆめさき森公園③


カメラ:OM-D E-M1 Mark II  レンズ: M.ZUIKO DIGITAL ED 12-100mm F4.0 IS PRO
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  1. 2018/04/28(土) 22:01:27|
  2.  風景
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画像テスト

画像をクリックしたときに、画像だけを別画面で開くようにリンクされていますが、今まで同じサイズでアップロードしていました。
記事内の画像をサムネイルにして、クリックすると拡大表示させるようにもできるそうなので、テストしてみました^^;

180421大阪城A1


180421明石海峡大橋③

180421明石海峡大橋②

180421明石海峡大橋①

180421メリケンA

180418工場A

ちゃんとできていますか???^^;

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  1. 2018/04/23(月) 21:56:27|
  2.  風景
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大阪城 メリケンパーク 明石海峡大橋

【大阪城】

浄土真宗の本山として栄えた石山(大坂)本願寺の跡地に、天正11年(1583年)、豊臣秀吉は大坂城の築城工事を開始しました。
秀吉は、織田信長の安土城をモデルとしながらも、全ての面でそれを凌駕するような城造りを目指しました。
築城を始めてからわずか 1年半後の天正13年(1585年)に、華麗で優美な装飾を施した天守が完成しました。
当時、秀吉の政権は、まだまだ不安定なものだった為、自分の権力を知らしめる為にも秀吉は、その象徴となる天守を早く完成させたかったのです。
天守完成後も断続的に城造りは行われ、築城開始から15年の歳月をかけて徐々に、難攻不落の巨城が築き上げられました。
この時の大坂城は、惣構え(そうがまえ)と呼ばれる最外郭まで含めると、面積がおよそ 420万平方メートルにもなり、この大きさは、現在の大阪城公園の約 4倍の広さにあたります。
この当時の大坂城は、4重の堀に囲まれた日本一の巨城でした。
秀吉の死後、秀吉の遺言に従って、息子の豊臣秀頼が、母の淀殿と共に、城主として大坂城に移りました。
慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いを経て、天下の実権は徳川家康へと移り、元和元年(1615年)の大坂夏の陣で、大坂城は落城し、豊臣家は滅亡してしまいました。
大坂夏の陣で廃墟同然となっていた大坂城を、徳川幕府の二代将軍である徳川秀忠が、幕府の手で再築します。
その再築工事が始まったのが、元和6年(1620年)です。
西国・北陸の外様大名を中心に、六十四家の大名を動員して天下普請(てんかぶしん)として行われたこの工事でした。
各大名が技法の早さや石垣の大きさなどを競った為、比類なく洗練された城が築き上げられました。
この工事で秀忠は、徳川の威厳を示す為に、豊臣秀吉が作り上げた大坂城よりも、石垣をより高くし、堀はより深くするように指示を出しました。
その為、豊臣期の大坂城の上に盛り土がされ、新たに堀が築かれました。
したがって現在、我々が見ている大阪城の壮大な石垣や堀は、秀吉の時代のものではなく、徳川幕府によって築かれたものなのです。
2代目大坂城の天守が完成したのが、寛永3年(1626年)です。
そして、3代将軍・徳川家光の時代の寛永6年(1629年)に、2代目大坂城は、3期に渡る工事を経て完成しました。
ところが、この 2代目天守は、完成わずか 39年後の寛文5年(1665年)に、落雷により焼失しました。
以後、江戸時代に天守が再建されることはなく、昭和の復興までの 266年間、大坂城は天守を失ったままの城となりました。
更に慶應4年(1868年)、明治維新の際には、幕臣の一部が放った火によって大坂城内は燃え、多くの建物が失われました。
明治に入ると、大阪城跡は陸軍の管轄となり、軍用地として整備され、城内に多くの軍事施設が作られました。
この時代もまだ、市民や観光客が城内へ入ることは禁止されておりました。
ところが昭和3年(1928年)、当時の大阪市長であった関一(せきはじめ)氏が、大阪城天守閣の復興を提案しました。
市民からの寄付金を募ったところ、昭和恐慌による経済低迷の時代にもかかわらず、わずか半年で 150万円にも上る寄付金が集まりました。
これは、現在の貨幣価値に換算すると 750億円とも言われています。
昭和5年(1930年)に復興工事が始まり、その 1年半後の昭和6年(1931年)に完成しました。
266年の歳月を経て、3代目天守閣が誕生しました。
当時としては最新の建築工法である鉄骨鉄筋コンクリート造りで、内部にはエレベーターも備えてあります。
しかも日本では前例のない、地上55mの超高層建築でもありました。
そして天守閣の内部は、復興当初から歴史博物館として利用されています。
その天守閣の外観は、「大坂夏の陣図屏風」に描かれている豊臣時代の初代天守をモデルにしています。
しかし天守閣の石垣は、徳川再建のものなので、天守閣の大きさ自体は、徳川時代の 2代目天守に近いものとなっています。
と言うことは…
2代目大坂城は、豊臣時代の初代大坂城を埋めて、その上に再築され、そして 3代目大阪城は、徳川時代の 2代目大坂城の石垣の上に、豊臣時代に造られた初代大坂城の天守をモデルに再建されたと言うことになります。
少し複雑ですね…
多くの人が現在の見事な石垣を見て、豊臣秀吉の築造だと誤解しています。
しかし実際は、石垣も堀も全てが徳川時代以降のものなのです。

ところで、上では「大坂城」と「大阪城」という2つの言葉が出て来ましたよね。
「大坂城」と「大阪城」には、何か違いがあるのでしょうか。

結論を言えば、この2つの表記はいずれを使っても構わない事になっています。
ただ、一般的に明治以前の”おおさかじょう”を指す時は「大坂城」、明治以降の”おおさかじょう”を指す時は「大阪城」と言う事が多い傾向にあります。
なぜ「大坂」から「大阪」に変わったのかと言うと、前者の「坂」の字が”土に反る”という意味になり、これが縁起が悪いという事から江戸時代の頃から「大阪」という表記が使われ出したそうです。
1868年に明治政府にが設置したのは「大阪府」だったので、これによって「大阪」が正式な表記となったと考えれられます。
もっとも、明治10年頃までは「大坂」と「大阪」いずれも使われていたとされ、どちらを使っても構わない時期があったと言われています。
ちなみに、「おおさか」の読み方は「おさか」や「おおざか」というものもあり、この表記も「小坂」や「尾坂」というものも知られています。
表記が「大坂」になるのは戦国時代の頃で、秀吉がこの地に城を築いた頃には「おおさか」や「おおざか」という読みが使われるようになりました。

前置きが長くなりましたが、OM-D E-M1 Mark II+M.ZUIKO 12-100mm F4 PROで撮った写真をアップしていきます!

マニュアルも試しましたが、まだまだオートモードの方が綺麗でした^^;  全てISOは200でした↓
180421大阪城②

180421大阪城①

180421大阪城⑤

180421大阪城⑥

オートモードのぼかしです↓
180421大阪城⑦

180421大阪城④

シャッター速度1/5000秒で撮ってみました↓
180421大阪城⑧


【メリケンパーク】

メリケン波止場と中突堤間を埋め立てた公園で、園内には神戸ポートタワー、神戸海洋博物館、ホテル、展望広場などの施設があります。
夜景スポットで有名です。

ISO6400 1/20秒 F11 
180421神戸④

180421神戸⑤

ISO1600 1秒 F9 
180421神戸②

焦点距離200mm
180421神戸③

手持ちオート
180421神戸①


【明石海峡大橋】

明石海峡大橋は、神戸市と淡路島の間の明石海峡に架かる、橋長3,911m、中央支間長1,991mの世界最大の吊橋です。
明石海峡大橋は、本州と四国を、道路と鉄道で繋ぐ本州四国連絡架橋事業の一環として建設されたもので、1988年(昭和63年)5月に現地工事に着手し、およそ10年の歳月をかけて1998年(平成10年)4月に完成しました。
大阪湾と瀬戸内海を繋ぐ明石海峡は、海峡の幅が約4km、最大水深は約110m、海峡を流れる潮流の速さは最大で毎秒4.5m(約9ノット)に達します。
また明石海峡は古くからの好漁場であるとともに、海上交通安全法によって国際航路に指定されており、1日に1,400隻以上の船舶が航行する、海上交通の要衝となっています。
明石海峡大橋は、こうした厳しい自然条件や社会条件の中で建設されました。
そのため、風速80m/sの風に、太平洋プレートで発生が予想される大地震や、兵庫県南部地震のような直下型地震にも耐えうるように設計されています。
また、最大潮流速4.5m/sの急潮流が流れる海の上で、水深60mの海底に、最大約12万トンの鉛直力に耐えうる基礎を建設する必要がありました。
さらに、当時の日本において最大規模であった1,000m級の吊橋の約2倍の規模である、中央支間長1,991mの橋の桁を架設する必要があるなど、当時の日本の持っていた技術だけでなく、沢山の新しい技術の開発を行い、それらの新技術も用いて建設されました。
ここも夜景スポットです。

ISO1600 1秒 F9 焦点32mm 
180421明石⑦

ISO1600 3.2秒 F11 焦点32mm 
180421明石⑥

ISO320 30秒 F10 焦点32mm 
180421明石④1

ISO320 30秒 F10 焦点32mm
180421明石③1


なぜかAF+MF設定なのにピーキングがON出来ない等、色々問題があるので操作を完璧に理解するのが最優先かもですね。
でも使わなかったらすぐ忘れそうです^^;

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  1. 2018/04/22(日) 22:59:57|
  2.  風景
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大阪神社巡り

大阪の一ノ宮神社巡りで摂津国の坐摩神社が漏れていたため、参拝してきました。
(摂津国は住吉大社だけだと思っていました^^;)
そのついでに近場の神社も参拝してきました^^

【坐摩神社】

通称「ざまさん」の名で親しまれる船場の氏神様です。
摂津国一宮であります。
ご祭神の坐摩大神(いかすりのおおかみ)は、神武天皇の御世、宮域を守る神様として宮中に祀られたのが起源とされています。
主なご神徳は住居守護・旅行安全・安産守護で旅行安全の神様としては、旅立ちに際して当社へ祈願された和歌が残っており(万葉集4350)、安産の神様としては、神功皇后が応神天皇の御安産の折、また近年では明治天皇がお生まれなるとき当社に御祈願になられたことからも崇敬が篤い。
創建は古く、神功皇后が新羅より御帰還の折、淀川南岸の大江の岸・田蓑島、のちの渡辺の地(現在の天満橋西方、石町附近)に坐摩大神を奉斎したのが始まりです。
平安時代の「延喜式」にも摂津国西成郡唯一の大社と記されています。
天正10年(1582)大坂城築城の際、替地を命ぜられ、寛永年間現在地に遷座しています。
現在の鎮座地名を渡辺と称するのも、元の地名が移ってきたため。渡辺姓の発祥地として有名です。
昭和20年に戦災により社殿焼失しました。
現在の社殿は鉄筋コンクリート造で、戦前の姿のままに復興されたものです。

180421坐摩神社①

180421坐摩神社3

180421坐摩神社2

頂いた御朱印↓
180421坐摩神社御朱印


【難波神社】

反正天皇が大阪府松原市に柴籬宮しばがきのみやを開かれたとき、父帝の仁徳天皇をご祭神として創建されたと伝えられています。
その後、天王寺区上本町に遷り、豊臣秀吉が大阪城を築城したのち天正年間(1583年)現在地に遷座しています。
昭和20年(1945年)第二次世界大戦大阪空襲により全焼したため、仮宮によっていたものを昭和49年7月(1974年)再建され現在に至ります。

180421難波神社①

180421難波神社②

神社の前に様々な種類のフェラーリが展示されている「フェラーリ大阪 ショールーム」がありました↓
180421難波神社の前

頂いた御朱印↓
180421難波神社御朱印


【大阪天満宮】

菅原道真公をお祀りした神社であり、市民の皆さまからは「天満の天神さん」と呼ばれ親しまれています。
毎年7月24日から25日にかけて行われる天神祭は日本三大祭、大阪三大夏祭りとして有名です。

180421大阪天満宮1

180421大阪天満宮③

180421大阪天満宮2

頂いた御朱印↓
180421大阪天満宮御朱印


【露天神社】

梅田の「お初天神通り商店街」を南へ行き当たると、ビルの谷間に露天神社(つゆてんじんじゃ)があります。
創建は、1300年以上遡るといわれ、少彦名(すくなひこな)命と菅原道真を祭神とする、梅田・曽根崎(古くは曽根洲と呼ばれた)の総鎮守です。
昌泰4年(910)、菅原道真が太宰府へ左遷配流される途中、当社に立ち寄って「露と散る 涙に袖は 朽ちにけり 都のことを 思い出ずれば」という歌を詠んだことにちなんで、「露天神社」と称するようになったと伝えられています。
一方、通称の「お初天神」は、近松門左衛門が、元禄16年(1703)4月7日に、当社「天神の森」で起こった、堂島新地天満屋の遊女「お初」と内本町平野屋の手代「徳兵衛」の情死事件を題材に、「曽根崎心中」を劇化して大評判になり、大勢の参拝者が訪ねたことに由来しています。
現在も、恋の成就を願う多くの人々が訪れています。
毎月第1金曜日には、「お初天神蚤の市」が開かれ、特色ある古物商約30~40店が軒を並べます。

180421露天神社①

180421露天神社②

頂いた御朱印↓
180421露天神社御朱印


【豊国神社】

豊臣秀吉、秀頼、秀長を祭神とする神社です。
豊臣秀頼の時代には山里丸に豊国社があったが徳川時代にはもちろん再建されることはなかった。
明治12年(1879)に京都の豊国神社より分祀されて当初は中之島に豊国神社が建てられていたが昭和36年(1961)、中之島の大阪市役所庁舎の増築を機会に大阪城内に遷座されました。
ちなみに京都の豊国神社からは大正10年に独立しており、京都の豊国神社は「とよくにじんじゃ」と呼ばれるのに対し大阪の豊国神社は「ほうこくじんじゃ」と一般的には呼び分けられています。

180421豊国神社①

頂いた御朱印↓
180421豊国神社御朱印


【その他】

①EM1MARK2で撮ったのは豊国神社だけで他はコンデジWX-500です。
 昼間のスナップショットは大差ないですね。

②ウォーキング 6.2km 11930歩 でした^^;

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  1. 2018/04/21(土) 23:43:43|
  2.  大阪
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夜景の撮影用 推奨設定

E-M1 Mark II の夜景の撮影用 推奨設定setファイルを見つけましたので、早速、参考にして試してみました。
比較するために今回も工場を撮ってきました。

詳細はココ ⇒ 夜景推奨設定

前回より綺麗!!! 
MFでもピーキングを利用してピント合わせしたので、くっきりしています^^;
前回は「AF」で、今回は「AF+MF」←これが効いてるような???
180418工場⑤
ISO200 F5.0 シャッター速度1.6秒 焦点82mm

露出をアップさせ、立体枠をつけてみました
180418工場⑤11

シャッター速度を長くして車を待っていましたが来なかった^^;
180418工場13
ISO200 F10 シャッター速度8秒 焦点122mm

180418工場14
ISO200 F5.0 シャッター速度1.0秒 焦点172mm

180418工場15
ISO800 F8.0 シャッター速度2.0秒 焦点132mm

三日月が出ていたので撮ってみたら、肉眼では見えてなかった○が見えてた^^;
180418月1
ISO250 F8.0 シャッター速度8.0秒 焦点200mm


今日は、貸切でした^^

色々試せたので少しコツがつかめたかも?

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  1. 2018/04/18(水) 23:03:11|
  2.  風景
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ミラーレス一眼カメラ OM-D E-M1 Mark II

【OM-D E-M1 Mark II】

夜景・ズーム時を綺麗に撮るためにミラーレス一眼カメラ OM-D E-M1 Mark IIとレンズ(M.ZUIKO 12-100mm F4 PRO)を買っちゃいました(両方ともヤフオクで落札)^^;

カメラは超美品でレンズは未使用品でしたが、バッグの入れ替え等で外観はすぐに汚れ・細かいキズがついています^^;
EM1mark2①

カメラバッグ、ドライボックス、予備バッテリー、SDカード、リモートケーブル、三脚、クリーニングキット、レンズプロテクターなども合わせて準備しました。

バッグは、ちょうどいい大きさのものが少なく探すのに時間かかりました。
バッグ収納①

この機種に決めた理由は、2017カメラグランプリ3冠の評価と強力な手ぶれ補正です^^;
初めて一眼レフを使用する素人なので、機材でカバーって感じです。

カメラ詳細はココ ⇒ カメラ

レンズの詳細はココ ⇒ レンズ

とりあえず試し撮りしてきました。
オート、絞り優先、シャッター時間優先、マニュアルと色々試しましたが、やはりオートが綺麗でした^^;
マニュアルはほとんで失敗でした><
180415工場⑤

180415工場⑥

180415工場①

180415工場⑧

180415工場③

180415工場④

180415工場⑨

光線が少し出ていますが、車は写っていません^^;
180415工場②

ちょっと背景ぼかしできているかな?
180415花


【コンデジ DSC-WX500】

DSC-WX500との比較のためにアップします。
オート・夜景モードとも画質が少し悪いように思います。

オート↓
180415コンデジオート

夜景モード↓
180415コンデジ夜景モード


※OM-D E-M1 Mark IIのマニュアルモードで綺麗に撮れるようになるまで何年かかるか分かりませんが、とりあえず頑張っていこうと思います!

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  1. 2018/04/15(日) 23:59:51|
  2.  機材
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コンデジ DSC-WX500

ブログに掲載している画像は、コンデジのDSC-WX500かiphone6で撮った写真です。

今回は、コンデジ ソニー DSC-WX500を紹介します。

DSC500WX①

大きな特長は下記の4つだと思います。
①光学30倍ズーム搭載モデルとしては世界最小(※発表時点)のボディに「ZEISSバリオ・ゾナーT*」レンズを搭載。
②被写体の細部まで精細に撮影できる「Exmor R CMOSセンサー」や、最適な設定を自動選択する「プレミアムおまかせオート」を搭載。
③アングルやポジションの自由度を高める「180度可動式液晶モニター」の搭載で、自分撮りも快適にできる。
④光学式手ぶれ補正搭載。

詳細仕様はココ ⇒ 仕様

そして、2年以上使用して感じたことは、昼間は特に問題なく撮れますが、夜とズーム時があまり綺麗に撮れないことです。
手ブレの影響もありますが、画像も粗く感じます。
特に先日、一眼レスの方と夜桜会に行ったときには、大きな差を感じました。
それまでは、あまり気にしていませんでした^^;
ただ、コンパクトで使いやすいので今後も継続して活躍してくれそうです^^

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  1. 2018/04/14(土) 20:43:54|
  2.  機材
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山梨の一ノ宮神社

【甲斐國一宮 浅間神社】

住所:山梨県笛吹市一宮町一ノ宮1684
TEL:0553-47-0900

第十一代垂仁天皇八年(約二千年前)正月始めて神山の麓にお祀りされました。
今ここを山宮神社と称して摂社となっています。
第五十六代清和天皇の貞観七(865)年十二月九日、木花開耶姫命を現在の地にお遷ししてお祀りされています。
甲斐国の一宮であって延喜の制に於ける名神大社です。
明治四年五月十四日国幣中社に列格、本殿は入母屋唐破風向拝造銅板葺であります。
こちらは「あさま」と読みます。

甲斐浅間神社1

甲斐浅間神社2

甲斐浅間神社3

甲斐浅間神社4

甲斐一宮171103

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  1. 2018/04/13(金) 19:23:37|
  2.  ・山梨
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縣主神社③と周辺の桜名所

【縣主神社③】

4月限定の御朱印を頂いてきました。
やはり、桜メインですね^^

縣主180407御朱印③

縣主180407御朱印②

縣主180407御朱印①

吉備大臣宮の御朱印↓(宮司は同じ)
縣主180407御朱印④


【相原公園】

井原市を代表する観光地・嫁いらず観音院に隣接している公園です。
例年4は月上旬から中旬にかけて、約300本のソメイヨシノが開花します。
開花期間中は、夜間はぼんぼりによるライトアップも楽しめます。

先月、嫁いらず観音院に行った際、開花情報を確認すると姫路城が散り始めてから満開になると伺っていたので期待していましたが、前日の雨・風でほとんど散っていました><

相原公園180407①

相原公園180407②


【弥高山公園】

吉備高原の山並にあり、標高654m、360度の展望、北は大山、南は瀬戸内海を望むことができます。
桜、ツツジ、アジサイ、紅葉など四季折々の植物があります。
また、雲海も見ることができます。

[ツツジ・サツキ]
 時期:4月上旬~6月上旬 
[雲海]
 時期:10月上旬~12月下旬(6時~9時頃)
[星]
 標高654mの山頂は、光害もないため観測に適しています。

弥高山公園内のコバノミツバツツジ、キリシマツツジ、ヒラドツツジ、レンゲツツジ、ドンダンツツジ等々、10万本以上のツツジが特に有名です。
4/15は弥高つつじ祭が開催され、「ボヘミアン」で有名な葛城ユキさんの歌謡ショーもあるそうです。
その影響もあって、今日は人がほとんどいなかったです^^;

ここは標高が高いので桜も満開でした^^
今、咲いているコバノミツバツツジとのコラボもなかなかです。

弥高山180407①

弥高山180407③

弥高山180407④

弥高山180407⑥

弥高山180407⑧

弥高山180407⑩

弥高山180407⑦

弥高山180407⑪

みぞれと桜のコラボは上手く撮れませんでした><
(すぐ止んでしまったので1発勝負でした^^;)
弥高山180407⑤

弥高山180407⑨

スカイツリーを目安にしていますw
弥高山180407⑫


【備中松山城】

雲海に浮かぶ山城が岡山県高梁市にあります。
江戸時代から残る現存天守12城のひとつ「備中松山城」です。
日本三大山城にも数えられ、山城として唯一の現存天守が雲海に浮かび上がる姿から「天空の山城」と呼ばれています。

駐車場3台ぐらいしか停めれません><
この時期は人いませんが、10月~12月の早朝は混雑するかも?
備中高松城180407③

雲海もなく、天気も悪かったです^^;
最大ズームで撮りましたが、これも上手く撮れませんでした><
コンデジDSC-WX500では距離的に限界???
iphoneは全くでした><
備中高松城180407②




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  1. 2018/04/07(土) 23:49:20|
  2.   岡山
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姫路城夜桜会

姫路城夜桜会が 2018年4月3日(火)~4月8日(日)の18~21時に開催されているとのことでしたので、天気は悪かったですが、ノー残業デーの本日、行って来ました。
通常は入ることのできない、夜の姫路城西の丸庭園を無料開放し、桜のライトアップを行っています。
昼とは違った夜の幻想的なライトアップされた夜桜が楽しめます。

姫路城180404夜桜

姫路城180404夜桜①

姫路城180404夜桜②

姫路城180404夜桜③

姫路城180404夜桜④

姫路城180404夜桜⑦

姫路城180404夜桜⑧

姫路城180404夜桜⑨

姫路城180404夜桜⑤

たくさん写真を撮りましたが、風も強くほとんどピンボケでした><
比較的マシな写真をアップしました^^;

テーマ:日記というか、雑記というか… - ジャンル:日記

  1. 2018/04/04(水) 22:57:58|
  2.  兵庫
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プロフィール

Vodka&コスモ

Author:Vodka&コスモ
メインゲーム
・キャプテン翼⇒パズドラ
・ゼネピック⇒ポケモンGo

カメラ
・OM-D E-M1 Mark II
・ILCE-9
・Cyber-shot DSC-WX500

レンズ
・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-100mm F4.0 IS PRO
・M.ZUIKO DIGITAL ED 25mm F1.2 PRO
・M.ZUIKO DIGITAL ED 30mm F3.5 Macro
・M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO
・M.ZUIKO DIGITAL ED 300mm F4.0 IS PRO
・M.ZUIKO DIGITAL 1.4x Teleconverter MC-14
・FE 100-400mm F4.5-5.6 GM OSS
・TAMRON 28-75mm F/2.8 Di III RXD (Model A036)

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